第28話:確かに、ここの出身ですが君は何故わかるのだろう…
「あと、いざとなったら、此処の橋を落とせばいい」
「橋?」
「白鳥大橋。港を跨いでる吊り橋な。これがあるから半島をぐるっと回れるんだけど、逆に言えばここを落とせば陸路が完全に一本になるだろ」
夏子が真顔で聞いてきた。
「落とすって、どうやってですか。爆弾?」
「いや、収納すりゃいいんだよ」
「はい?」
俺はスマホで橋の写真を出して、指で示した。
「ここの桁な。幅が三十メートルくらいあるだろ。深さ、つまり路面から下の骨組みまでが十五メートルってとこか」
「はい」
「で、俺の収納は十メートル四方だけど、形は変えられるんだよ。体積が千立方メートルまでなら、どんな形でもいいわけ」
紙の端に計算を書いていく。
三十かける十五で四百五十。千を四百五十で割ると、だいたい二・二か。
「奥行きが二メートルちょっとなら、一発で入るな」
「……何がですか」
「橋の断面が」
夏子がぽかんとしてるわ。
「あのな。橋ってのは繋がってるから橋なんだよ。真ん中で二メートル分の断面をまるごと抜いたら、そこから先はもう繋がってないだろ」
「落ちる、と」
小雪が言った。
「落ちるだろうな。自重で。吊ってるだけの構造なんだから、支えが切れたら勝手に崩れるわ」
しかも収納だから瓦礫すら残らんのよ。爆破だと残骸が積み上がって、最悪そこを足場にされるからな。
「……あなた、それ思いついた時、どんな顔してたの」
「えぅ?」
「絶対、にやにやしてたでしょう」
……なんで分かるんだよ。
「し、してねえよ」
してたわ。三日前から計算してたわ。
* * *
「で、行くんですか、室蘭?」
夏子が聞いてきた。
「いや、まだ決めてないよ。見に行くだけだって」
これは本当な。地図で良く見えても、現地がどうなってるかは別の話だからさ。
こんなこと考えるのは俺だけじゃないだろ。地形見りゃ分かるんだから、同じこと思いついた奴が先に入ってる可能性の方が高いわ。
きっちり封鎖されてて入れないなら、それはそれでいいんだよ。ちゃんとやってる奴がいるってことだからな。「はいはい、頑張ってね」で通り過ぎるわ。
問題はその逆だった場合だよなあ。
「明日行ってみるわ。ダメなら函館に抜けるから」
「了解」
小雪が短く答えた。
* * *
翌朝、国道36号を南下する。
道は思ったより走れたわ。除雪車が走ってた形跡があるんだよ。
どこかの誰かが、まだ雪を掻いてるってことだよな。
……これ結構すごいことだぞ。世の中がこんなでも除雪だけはやってる奴がいるんだから。北海道の冬で除雪をやめたら、その時点で全部終わるもんな。
登別を過ぎたあたりで、道の真ん中に人影があった。
三人。歩き方で分かるわ。膝が曲がってない。
「止めるぞ」
車を路肩に寄せて降りた。
「私も行くわ」
小雪も降りてくる。脚はもう完全に治ってるからな。
三体とも雪に半分埋まりながらこっちに向かってくる。動きは鈍いな。寒さで筋肉が固まってるんだろうか。
「こういうの、冬は楽でいいねえ」
「油断しないで」
「はいはい」
小雪がグロックで一体。俺は、ホームセンターから拝借したつるはしの柄で二体。膝を折って、転がして、頭を潰す。
雪の上に赤いのが広がって、すぐ凍り始めた。
「……冬、便利ね」
「だろ」
夏子が車の窓から顔を出して「終わりました?」と聞いてくる。おい、お前は降りてこいよ。
「これ、袋とか被せなくていいんですか」
「あー」
そうか。制度上はな。
「今ここに回収に来る奴がいると思うか?」
「……いないですね」
「だろ」
袋を被せて電柱に縛るってのは、回収する人間がいる前提の制度なんだよ。それが機能しなくなったら、その場で潰すしかないわな。
世の中が一段階悪くなってるってことなんだけど、まあ、そういうもんだろ。
* * *
昼前に高台に出た。
道が少し上って、視界がぱっと開ける場所があるんだよ。
そこで見えた。
寒々しい色をした太平洋。凍ってはいないけどな。その向こうに半島が横たわってる。
湾を跨いで白い吊り橋がかかってる。白鳥大橋だ。主塔が二本、雪空に立ってるわ。
橋の向こう側、湾の奥に工場群が見える。煙突。タンク。クレーン。でかい建屋。
そして煙が上がってる。何本か。
黒煙じゃないな、火事の煙じゃない。
何かを焚いてる煙だ。まだ何かが動いてるのかもしれん。
「……人、いますね」
双眼鏡を観ながら夏子が言った。
「いるな」
「思ったより大きい街ね」
小雪が言う。地図と実物を見るのとじゃ違うんだろうな。
俺は答えなかった。というか答えられなかったんだよ。
見えてるあの街並みが、頭の中の景色とぴったり重なってる。
どの通りがどこに繋がってるかなんて、俺は地図を見なくても知ってるんだよ。
どの坂が急かも、どの道が凍るのかも、全部俺はおぼえてるわ。
製鉄所の正門前の通りも、そこから続く商店街も。
俺が知ってるのはシャッターが半分下りた後の姿だけどな。
「あなた、ここの出身なのね」
小雪が横から言った。
「……なんで分かるんだよ」
「顔」
顔かよ。
「地図の説明してる時から、少し変だったもの。詳しすぎるのに、詳しいって言われたら流すから」
……見てんだな、この人。
夏子が「えっ、そうなんですか?」と後ろから身を乗り出してくる。
「そうだよ。俺の生まれて育った町だ」
言ってみたら、思ってたより普通の声が出たわ。
まあ、そんなもんか。




