第27話:温泉は最高だし、地形も良いんじゃね?
虎杖浜で足を止めた。
疲れたんだよ。雪道ってのは普通に走るのの倍は消耗するんだわ。轍から外れないように、急ブレーキ踏まないように、ずっと気を張ってるからな。
で、この辺りの家はほとんど温泉なのよ。
いや比喩じゃなくてさ。虎杖浜って、その辺の一軒家の風呂の蛇口ひねったら温泉が出るんだよ。地域に引いてあるからな。かけ流しで。
灯りのついてない家が並んでるってことは、みんな避難したんだろうな。一軒選んで、鍵の壊れてないやつを開けさせてもらった。すまんね。
で、風呂場に行って蛇口をひねったら。
出たわ。湯が。
「うわ、マジで出た」
電気が止まってるのに湯だけはずっと流れ続けてるんだよ。そりゃそうか。地面の下から勝手に来てるんだから、人間の都合なんか関係ないもんな。
「ちょっと、これ何ですか。温泉じゃないですか」
夏子が浴室から叫んでる。
「温泉だな」
「いや温泉って。普通の家ですよ?」
「ここらの家はだいたいそうだって」
「北海道こわ……」
こわくないだろ。ありがたいだろ、むしろ。
三人で順番に入った。俺が最後な。そこは当たり前だろ。
湯船に浸かったのなんて何日ぶりか分からんわ。ススキノを出てから、拠点でも工場でも、風呂なんて贅沢はしてなかったからな。
肩まで沈んで、天井を見上げる。他人の家の風呂でな。
……悪くないねえ、これ。
* * *
湯上がりに縁側で地図を広げてた。
紙の地図と、スマホに落としてある地形図と。電波はもう当てにならんから、事前に全部ダウンロードしてあるんだよ。
「何か気になる事でも?」
小雪が髪をタオルで拭きながら座ってきた。この人、風呂上がりでも背筋が伸びてるんだよな。なんなんだろうね。
「いやな。この地図見てくれよ」
俺は室蘭市のところを指で示した。夏子も寄ってきて、三人で覗き込む形になる。
「室蘭? 鉄の街でしたっけ」
「そうそう。昔はえらい街だったんだよ」
湯呑みを置いて続ける。
「人口十八万。しかも面積が狭いから、人口密度が札幌超えてた時期もあったんだと」
「十八万」
「今は七万切ってるはずだわ。五十年で半分以下だよ」
製鉄所が縮小して、製油所が閉まって、人が減った。よくある話だよな。日本中にあるわ、こんなの。
「あとさ、昔は製鉄所の正門前の通り、今の歌舞伎町より人がいたんだってよ」
「歌舞伎町~?ウソだあ」
「それがさ、三交代だからな。昼だろうが夜だろうが人が出てくるんだよ。それが全部飲みに行くわけ。給料日なんか店に入れないくらい混んでたって言うもんな」
夏子が「へえ」と言いながら地図を見てる。
まあ、俺も実際に見たわけじゃないんだけどな。そういう話をお袋たちに聞かされて育っただけでさ。俺が物心ついた頃にはもうシャッターの方が多かったし。
賑わってる街ってのは、俺にとっては人から聞いた話なんだよね。
「詳しいのね」
小雪がこっちを見た。
「……まあな」
流しといた。
* * *
で、本題な。
「この街、今の状況だとめちゃくちゃいいんだよ」
地図の半島部分を指でなぞる。
「ここ、絵鞆半島っていうんだけどさ。これ元は島だったんだわ。それが砂州でくっついて陸繋島になってるの」
「……ということは」
小雪の目つきが変わった。察しが早いわ、この人。
「そう。陸から入るには、橋以外はこの砂州の一本道しかないんだよ。あとは海、900メートル守ればいいのよ。」
「首根っこがひとつだけ、ってことね」
「しかも半島の外側、断崖絶壁が十四キロ続いてるからな。壁を作る必要すらないの」
夏子が「え、何それずるくないですか」って言った。
ずるいよな。地形がずるいわ。
「で、半島に抱かれた内側が港。天然の良港な。船があれば海から出られるし、入ってもこられる。逃げ道があるってのはでかいぞ」
籠城で一番まずいのは逃げ道が無いことなんだよ。詰んだ時に詰むしかない場所には、俺は入りたくないね。
「あと、ここが製鉄所」
湾の奥の方を指す。
「日本製鉄。四百万平米以上あるんだと。自家発電持ってるし、重機も鋼材も揃ってる。工作機械もあるはずだわ」
「発電……」
小雪が息を呑んだ。そこに反応するのが元自衛官だよなあ。
「そう。電気を自前で作れる場所って、今の日本にいくつあると思う?」
「少ないでしょうね」
「だろ。しかもここ、港に直結してるから船で物を入れられるの。ここですら2.5キロしか守る距離が無いんだよ」
で、もうひとつある。
「ここに製油所があったんだよ」
「あった?」
「十年以上前に原油処理はやめてるし、数年前に製造も全部止まってる。今は油槽所な。備蓄して出荷するだけの場所になってるはずだわ」
「じゃあ意味ないんじゃ」
夏子が言うから、首を振っといた。
「逆だって。タンクだけ残ってるんだよ。しかも備蓄用にでかくしてあるらしいぞ」
「あ」
「そう。俺が今持ってるガソリン、全部そこに突っ込めるわけ」
ドラム缶で何百本も抱えてるんだけどな。正直あれ扱いに困ってたんだよ。まとめて置ける場所があるなら、それに越したことはないだろ。
「至れり尽くせりね」
小雪がぽつりと言った。
「だろ?」
「気持ち悪いくらいに」
……確かにな。
都合が良すぎる気はするんだよ。でも地形と産業ってのは動かないからさ。誰かが俺のために作ったわけじゃなくて、たまたまそうなってるだけなんだよな。




