第24話:光らない蛍は無邪気に呪いを残す
山を降りて、そのまま南区へ向かう。
理由は単純で、この女をどこかに寝かせないとまずいからだ。背負って山道を一時間だからな。傷が開いてるだろうし、顔色も悪い。
「どこ行くの」
助手席で、女が窓の外を見ながら聞いてくる。
「工場だよ、俺の」
「工場?」
「ちょっとした秘密基地みたいなもんよ」
嘘だけどな。
ちょっとじゃない。俺が一番くつろげて自慢の場所だわ。
湧水引いてるから水には困らんし、下水も通ってる。防音もそこそこある。ついでに言うと、俺が世界で一番浮かれてた時期を過ごした場所でもある。
まあ、そこまでは言わんけど。
「男の人って、そういう場所持ちたがるわよね」
……なんで分かるんだ、この人。
「べ、別に、そういうんじゃないから」
「ふうん」
含みのある返事しやがって。
そういえば、この女の名前をまだ聞いてなかったわ。初日に名乗ろうとしたのを、俺が遮ったんだよな。
「あんた、名前は」
「……宮郷。宮郷小雪」
「小雪ねえ」
「何よ」
「いや、似合わないなと思って」
「失礼ね」
まあ、あれだけ撃たれて生きてる女に付ける名前じゃないよな。
雪って、降ってすぐ溶けるやつのことだろ。この人、溶けなさそうだもん。
永久凍土じゃん、ツンドラじゃん。
…ツンデレならなあ、こう気分が盛り上がるんだけどね。
* * *
工場の前に着いて、違和感に気づいた。
門の錠が切られてる。
……あん?
敷地に入ると、見慣れない車が三台。そのうち一台は完全に改造車で、なんかよく分からんステッカーがべたべた貼ってある。
工場の壁。
スプレーで、でかでかと落書きがしてある。
読めない。読めないんだけど、たぶん英語のつもりなんだろうな。アルファベットっぽい形をしてるわ。
「……あのさ」
車を停めて、降りる。
「ここ、俺の工場なんだけど」
誰に言うでもなく、そう言った。
小雪が助手席から「待って、一人で行くのは」と言いかけたけど、聞かなかった。
シャッターが半分開いてる。中から音楽が漏れてる。安っぽい低音だけがズンズン響くやつだ。
入った。
床に酒瓶が転がってる。カップ麺の容器。タバコの吸い殻。
俺が工具を並べてた作業台の上に、誰かが座って足をぶらぶらさせてる。
奥の方、鉄骨を立てかけてた辺りに、マットレスが敷いてある。
その上に、女が三人。
一人は膝を抱えて座り込んでる。一人は横になったまま動かない。もう一人は、こっちを見た。目が合った。
服は――まあ、着てないやつもいるな。
男が七、八人。こっちに気づいて、一人が立ち上がった。
「なんだよオッサン」
俺は、その男を見ないで壁の方を見た。
落書きだ。工場の内側にも書いてある。
……ここ、俺が三日かけて剣作った場所なんだよな。
プラズマ切断機の使い方を動画で調べて、鉄板切って、貼り合わせて、削って。
出来上がったやつを持ち上げて、軽いなって笑ったところだわ。
角付きヘルメット作って、鏡の前で固まったのもここな。誰にも見せないって決めて、収納に突っ込んだやつ。
「おい、聞いてんのか」
「……なあ」
俺は男を見た。
「これ、消えると思う?」
「あ?」
「その落書き。スプレーだろ。コンクリに染みたら消えないんだよ」
男が笑った。後ろの連中も笑った。
「はあ? 何言ってんだこのオッサン」
――ああ、そう。
俺は収納を開いた。
出したのは、二メートルの鉄の塊。刃も付いてない、ただの鉄。
一本目を振った。
作業台に座ってた男が、上半身だけ横に飛んでいった。
* * *
そこから先は、よく覚えてない。
いや、覚えてるんだけど、順番がな。
一人が逃げようとしたから、剣を投げた。刺さった。抜くのが面倒だったから、そのまま素手でいった。
一人は鉄骨に叩きつけた。壁の落書きの上に赤いのが飛んで、ちょうど模様が消えたわ。皮肉だな。
一人が銃を出した。どこで手に入れたんだか。撃つ前に肺に水を入れた。溺れてる間に踏んどいた。
最後の一人が「すいませんすいません」って土下座してきた。
「消せる?」
「え」
「落書き。消せる?」
「け、消します、消します!」
「そう」
消えないんだよなあ、あれ。
それで終わり。
工場の中が静かになって、音楽だけがまだ鳴ってる。誰のスマホだよこれ。止め方分からんわ。
* * *
振り返ったら、小雪が入口に立ってた。
壁に手をついて、片足を庇いながら。あの傷で歩いてきたのかよ。
「……あなた」
「見んなよ。汚いだろ」
「いえ」
小雪は床を見て、それから俺を見た。
「すごいわね」
「褒めてる?」
「見たままの感想よ」
そう、ですか。
俺は奥のマットレスの方へ歩いていく。
女が三人。膝を抱えてた子が、身体を硬くしてこっちを見てる。横になってた子は、ゆっくり起き上がった。目が合った子は、まだこっちを見てる。
……うん。
俺は上着を脱いで、一番近い子に放った。
「ほら。他のは車にある。取ってくるわ」
三人が、何も言わない。
「あ、心配すんな。俺そういうのしないから」
ほんとに。面倒くさいもん、そういうの。
* * *
小雪が女三人の手当てをしてる間、俺は工場の掃除をしてた。
酒瓶を集めて、吸い殻を掃いて、死体を収納して。
落書きは、まあ、無理だな。上から塗るしかないわ。
夕方になって、三人が少し落ち着いた。
カセットコンロでお湯を沸かして、インスタントの味噌汁を出してやったら、一人が泣き出した。
温かいもん飲んだの久しぶりだったんだろうな。
三人とも、二十代前半くらいか。
膝を抱えてた子が「春です」と名乗った。目が合った子が「夏子」。
もう一人は、しばらく黙ってから「……蛍」と言った。
蛍ちゃんは、他の二人と目の光り方が違ったわ。
なんつうかな。もう、こっち側を見てないんだよ。
「で、これからどうすんの」
俺が聞いたら、三人とも黙った。そりゃそうだ。
「家、ある?」
「……もう、ない」と春。
「アタシも」と夏子。
蛍ちゃんは何も言わない。
「そっか」
まあ、そうだよな。この時期にああいう連中に捕まってる時点で、そういうことだわ。
「じゃあ、選ばせてやる」
三人が顔を上げた。
「死にたきゃ、楽にしてやるよ。俺、そういうの得意だから。痛くないようにやる」
春が息を呑んだ。
「生きたきゃ、生き方を教える。銃の撃ち方とか、逃げ方とか。使える物も置いてく。 ただし、決めたら自分でやれよ。俺はついてってやらないから」
「……それ、どっちか選べってことですか」
夏子が聞いてきた。
「そう。どっちでもいいよ。俺はどっちも面倒くさいから、正直どっちでも同じだわ」
嘘ではないんだよな。
どっちを選んでも手間は変わらん。まあ、選ばせた方が後腐れがないってだけの話だ。
春と夏子は、顔を見合わせて、それから小さく頷いた。
「……生きます」
「アタシも」
「はいはい」
で、だ。
蛍ちゃんが、顔を上げた。
「……私、死にたいです」
ああ。
まあ、そうだろうな。
* * *
春が「蛍ちゃん!」って叫んだ。夏子が肩を掴んだ。
蛍ちゃんは、それを両手でそっと外した。
「婚約者が、いたんです」
淡々と言うんだよな。
「あの人たちに、殺されました。私の目の前で。それから、ずっと」
「……」
「もう、いいんです。生きてる理由がないので」
理由ね。
まあ、無いなら無いでいいんじゃないの。
俺だって別に、大した理由で生きてるわけじゃないし。
「分かった。じゃあ――」
「待ってください」
蛍ちゃんが、俺を見た。
それから、春と夏子の方を見た。
「お願い。あなた達に、してほしい」
……は?
春が固まった。夏子の顔が歪んだ。
「なんで、なんでそんなこと」
「無理だよ、そんなの無理だよ蛍ちゃん」
「お願い」
蛍ちゃんは、ただそう繰り返した。
――あー。
俺は天井を見上げた。
これな。
この子、優しいつもりなんだろうけどな。
自分が知ってる人間に送ってほしいって、そりゃ気持ちは分かるよ。知らないオッサンに撃たれるより、友達の手の方が安心するんだろ。
でもな。
撃った側は一生忘れないんだよ、それ。
俺だったら絶対頼まないわ。頼まれた方がどうなるか分かってるもん。
まあ、言わないけどな。後はあの子らが決めることだし。
……あーあ。あの子ら引き受けたら一生引きずるなあ。
* * *
結局、春と夏子がやることになった。
二人とも泣いてたけど、「私がやる」って言い出したのは春の方だった。「私が言い出したんだから、私も」と夏子が続いた。
俺は手を出さなかった。
小雪が、傷を庇いながら二人の横についた。
「持ち方から教えるわ」
そう言って、グロックを渡す。俺が収納から出したやつだ。
「両手で。こう。人差し指はここ。撃つまで引き金に触らない」
「……はい」
「息を止めて。狙って」
「……はい」
「頭よ。胸だと苦しむから」
春の手が震えてる。夏子が横から支えた。
蛍ちゃんは、目を閉じて座ってる。
その顔がな、なんか、穏やかなんだよ。
さっきまでこっちを見てなかった目が、閉じた途端に落ち着いた顔になってる。
「蛍ちゃん、ごめん、ごめんね」
「ありがとう」
そう言った。
――パン。
軽い音だった。
想像より、ずっと軽い音だったよ。
春がそのまま崩れて、夏子が抱きとめて、二人で泣いてた。
俺は、少し離れたところで煙草を吸ってた。
見てはいた。目は逸らさなかった。それくらいはするわ。
蛍ちゃんが自分で決めたことで、春と夏子が自分で引き受けたことだ。俺が口を出す話じゃないし、慰める資格もない。
ただな。
……こいつら、ちょっと気に入ったわ。
俺に頼まなかったからな。
「奏介さんやって」って言われたら、たぶん俺は撃たなかったと思う。いや、撃ったかもしれんけど、こんな風には思わなかっただろ。
自分で決めて、自分でやった。それだけの話だけどな。
それだけが、俺には一番でかいんだよね。
煙を吐いて、空を見た。
もう夜だ。工場の裏の山が黒くて、星が出てる。
蛍ちゃんを埋める場所、明日探すか。
『原作で心を壊されて退場するモブに転生したけど、推しのメイドがクソ女だったし、作者の設定がガバガバなので好きに魔法いじって好きに生きる ~ショボい魔法しかないと笑った連中、全員ザマァ~』
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