第23話:正直、他人事でいたかったんだけどな
朝から山に入った。拠点の裏手、林道を一時間ばかり歩いた辺り。鹿でも獲れりゃ御の字だし、獲れなくても別にいい。
要するに口実だな。一人になる口実。
歩いてると少し落ち着いてくるんだよ。木の匂いと、鳥の声と、あとは自分の足音だけ。当番表も「べき」も無い。
……いいなあ、これ。このまま帰らなかったらどうなるかね。
冗談みたいに考えて、ちょっと本気で考えそうになって、やめた。陽菜とゆらが飯食えなくなるだろ。それは寝覚めが悪い。
で、沢を一つ越えた辺りで、血の匂いがした。
鹿かと思ったんだよ、最初は。
違った。倒れてたのは人だった。
迷彩服。女。左の太腿が真っ赤で、その下の落ち葉まで染みてる。意識は――あるな。こっちを見た。
見覚えのある顔だった。
「……あんた」
向こうも同じ顔をしてる。
情報保全隊の二等陸尉。名前は聞かなかった。聞く気もなかったからな。
初日に俺の部屋で縛り上げて、下半身丸出しで転がして、銃撃戦の的にした女だ。
「生きてたんだな」
「……お互い様でしょ」
掠れた声でそう返してきた。いや、お互い様じゃないだろ。俺は撃たれてないんだから。
* * *
とりあえず止血だけしてやるか。自分の上着を裂いて縛る。傷は貫通してるな。骨は逸れてるみたいだが、出血が多い。
「誰にやられた」
「……分からないわ。追われて撃たれて、沢に落ちた」
「C国か?」
「たぶんね…。でも、身内の可能性もあるわ」
こっち。自衛隊ってことか。……面倒くさい話の匂いがするわ。
「部隊はどうした」
女がちょっと黙った。
「……連絡は取った。三日前」
「で?」
「『各自で奮闘せよ』って」
……は?
「それ、命令か?」
「命令ね。形式上は」
形式上はな。つまり見捨てられたってことだろ、それ。命令の体裁を取ってるから、誰も責任を取らなくて済む。上手いこと考えるもんだ。
「じゃあ、あんた今どこにも属してないってこと?」
「……所属はある。でも、戻る場所はないみたい」
そう言って、女は目を閉じた。
さて。どうすっかな。
置いていけば死ぬ。それは確実だ。連れて帰れば、あの拠点にまた一人増える。今の空気で、それがどうなるかは想像がつく。
俺は自分の手を見た。……いや、考えるまでもないか。
この女、俺に銃向けた女だぞ。それでも、あの時ちゃんと立ってたんだよ。撃たれた直後に、まだ警戒を切らさずに。
嫌いじゃないんだよな、そういうの。
「立てるか」
「……無理」
「だろうな」
俺はしゃがんで、背中を向けた。
「乗れよ」
* * *
拠点に着いたのは昼過ぎだった。
背負って一時間ちょい。俺の身体なら大した重さじゃないんだけど、途中で女が「重くない?」って聞いてきたのが面白かったな。重くないっつってんのに三回聞いてきた。気にするタイプなんだな、この人。
で、拠点の入口に着いた瞬間に、それが目に入った。新規組が五、六人でたむろしてる。
「……は?」
一人が声を上げた。彼氏の男だ。
「何それ。人?」
「見りゃ分かるだろ」
「いや、おかしくないですか。俺ら、勝手に人連れてくるなって言われたんですけど」
……あー。そういやそんな話もあったな。あんたが五人連れてきた時の話だろ。
「それ、あんたが勝手に連れてきた後に出た話だよな」
「でも、ルールはルールでしょ。奏介さんだけ特別って、それどうなんですか」
「そうだよ」
「俺らの時はあんなに言われたのに」
……なるほどね。根に持ってたのか。
柏木が家から飛び出してくる。青い顔で。
「やめなさい、それは――」
「柏木さんは黙っててください。これ、みんなの問題でしょ」
みんなの問題。みんなの。……へえ。
背中の女が、身じろぎした。
「……降ろして」
「あ?」
「降ろして。私、行くから」
ああ、そうか。察したんだな、この人。自分がここにいると面倒になるって、一瞬で分かったんだろう。
俺は女を降ろして、柏木の方に押しやった。そして、言った。
「行かなくていいぞ」
自分の声が、静かだった。
「お前が出ていく必要はない」
新規組の方を向く。
「お前ら出ていけ」
一瞬、空気が止まった。それから、男が笑った。
「はあ? いや、なんでですか」
「だって俺らもう、ここで――」
「聞こえなかったか?」
言いながら、俺は収納を開いた。出したのは、三沢から頂いてきたやつの中の一丁。米軍の散弾銃だ。マニュアル読んで、工場で何度も撃った。
それを、構えた。
「え」
男が何か言おうとした。撃った。
頭が無くなった。首から上が赤い霧みたいになって、後ろの壁に散った。残った身体が立ったまま一秒くらい揺れて、それから崩れた。
誰かが悲鳴を上げた。
俺は次に、その隣にいた女を撃った。彼氏を連れてきた子だ。二日前まで俺の車に乗ってた子だ。
撃った。
それから、男を二人。逃げようとした女を一人。順番に。
ポンプを引いて、撃つ。引いて、撃つ。工場でやってた通りだった。反動も、音も、全部知ってるやつだった。
十秒もかからなかったと思う。拠点の前が、静かになった。
……あーあ。
結局、撃っちゃったなあ。
* * *
銃口を、最後の一人に向けた。江別の子だ。地面に座り込んで、口を開けたまま俺を見上げてる。
「奏介さん、やめて!」
レイナが飛び出してきて、女の子の前に立った。
「やめて、その子は、その子は違うでしょ!」
「どけ」
「嫌!」
レイナは動かなかった。……この人、こういうとこあるんだよなあ、助けた時も、そうだった。
俺は銃身を少し横にずらして、レイナの脇から狙いを取る。
「奏介さん!」
撃った。女の子が倒れた。レイナが、その場にへたり込んだ。
* * *
「……なんで」
レイナの声が震えてる。
「なんで撃ったの。あの子、何もしてないじゃない」
そうか。そう見えるか。
「まあ、そう見えるよな」
銃を下ろして、肩を回す。ちょっと疲れたわ。
「俺さ、もう出てくわ。ここ、面倒くさくなりそうだし」
「え……」
「でも、あの子残しといたらお前ら死ぬぞ」
「……どうして」
「『強い人が助けるべき』って言う奴が一人でも残ってたら、また同じことになるだけだって。
誰かが誰かに期待して、期待された奴が潰れて、で、次を探すんだよ。 最後は全員で共倒れだわ」
レイナは何も言わない。
「陽菜もな」
その名前を出した瞬間、レイナの顔が歪んだ。
まあ、納得しなくていいよ。説明しただけだから。
誰も動けないでいる中で、声がした。
「……あなた達、何様なの」
背負ってきた女だった。柏木に支えられながら、地面に座り込んで、それでもはっきりと言った。
「人の善意にぶら下がって、この人にすがって、そして責める。それで自分は何もしない。何様なのよ、あなた達」
死体に向かって言ってるのか、生きてる連中に向かって言ってるのか、分からなかった。たぶん、両方だな。
レイナが、俯いた。
* * *
さて、片付けか。
俺は転がってる六つを順番に見ていく。頭が無いのが一つ、胸が抜けてるのが三つ、背中からいったのが二つ。血が地面に染みて、もう砂利が黒くなってる。
――スッ。
消えた。全部。
血溜まりの上に、人型の抜けた空間だけが残る。
「……え」
誰かが声を漏らした。
まあ、そうなるよな。今さっき銃を虚空から出したとこ見てるんだから、驚くのはそっちじゃないだろとも思うけど。
土魔法で上から土を被せて、足で軽く踏んどく。血の跡はしばらく残るだろうが、雨が降りゃ消えるだろ。
うん、この方が早いわ。四話の時は死体をミキサーにして吐きそうになったんだからな。あの苦労は何だったんだって話だわ。
「……そんなの、持ってどうするんですか」
柏木が、掠れた声で聞いてきた。
「山に撒くわ。熊が片付ける」
本当にそうするつもりだった。俺が出した物は俺が持っていく。それだけの話だ。
後片付けを人に押し付けて出ていくのは、なんか違うだろ。
* * *
柏木を呼んで、拠点の隅に立たせる。そこに、収納からコンテナを一つ出した。四十フィートのやつだ。
「開けてみな」
柏木が扉を開ける。中は上から下まで詰まってる。米、缶詰、乾物、レトルト。衣料品。毛布。灯油。発電機。奥の方には木箱がいくつか。
「銃も入ってる。使い方のマニュアルも全部つけてある。日本語に訳してあるから読め」
「……奏介さん」
「ほら、これやるから頑張れよ。ここに住んでもいいし、街に逃げてもいいわ。好きにしな」
柏木が、何か言おうとした。
「あ、一個だけな」
先に言っとくか。
「あんたが纏めるのはいいよ。あんたが決めるのもいい。向いてるしな。
でも、あんただけが背負うのはやめとけよ」
「……え」
「さっきの見てたろ。誰か一人に全部乗せると、ああなるんだって。 みんな自分で決めて、それで死ぬ方がいいんだよ。
あんたが背負うと、そのうち誰も自分で決めなくなるからな」
柏木は、しばらく黙っていた。それから、深く頭を下げた。
「……お預かりします」
うん、まあ、いい返事だわ。
この人なら、たぶん大丈夫だろ。店の女の子を守るのに、素手でバリケードの前に立ってた人だからな。
* * *
ランクルのエンジンをかけて、荷物を積む。積むって言っても、大したものはない。全部収納に入るからな。
助手席のドアが開いて、女が乗り込んできた。柏木が包帯を巻き直してくれたらしい。顔色は悪いが、まあ、死にはしないだろ。
「一緒に行くか」
そう声をかけたら、女はまっすぐ前を見たまま言った。
「私が命を懸けた部隊は、もうないの」
「……そうか」
「だから、これからは貴方のように生きて行くわ」
貴方のように、ね。あんまりいい生き方じゃないと思うんだけどな。
まあ、本人が決めたんなら、それでいいか。自分で決めたことなら、死んでも文句はないだろ。
* * *
エンジンをかける前に、一度だけ拠点の方を見た。
コンテナハウスが二棟。物置。井戸。洗濯物を干すロープ。
窓から、小さい顔が二つ覗いてる。陽菜とゆらだ。美咲が慌てて中に引っ込めようとしてるのが見える。
……見せたくないよな。そりゃそうだ。それでいい。
「おじちゃん行くけど、元気でな、陽菜」
聞こえない声で、そう言った。
嫌いだったんだけどね、おじちゃんてさ。山ん中で一人で「おじちゃんはやめてねー」とか言ってたくらいには。
まあ、最後に聞きたかったけど、いいか。
ギアを入れて、アクセルを踏む。砂利を踏む音がして、車が動き出す。
振り返らなかった。バックミラーも見なかった。
「……いいの?」
しばらく走ってから、助手席の女が言った。俺は前を見たまま答える。
「お前もだろ」
女は何も言わなかった。




