第21話:気づいたら、俺んちに当番表が貼ってあった
拠点に着いたのは、もう夜中だ。
車三台から人がぞろぞろ降りてきて、コンテナハウスの前で固まってる。
レイナが飛び出してきて、柏木と抱き合って泣いてるのが見えた。
「柏木さん! 良かった、みんな……!」
うん、そこは俺の出番じゃないな。
少し離れたところでタバコ吸っとくわ。
問題はそのあとだよ。
コンテナハウス一棟に十三人。
……どう考えても入らんだろ。
とりあえず物置から毛布を出して、床に敷き詰めてもらう。
米軍のが役に立ったわ。あの時の俺、えらい。
子供二人は美咲が見てくれてる。
女の子たちは疲れ切ってて、毛布敷いた側から倒れ込んでたね。
まあ、そりゃそうだよな。
俺はコンテナハウスの外の段差に座って、スマホを開く。
とりあえず、二棟目買うかぁ。
サイトを開いて、前に見たやつの在庫を確認する。
あ、こっちの方が断熱いいな。値段は上がるけど、冬考えたらこっちか。
窓は北向きに付けない方がいいよな。あと、水回りの位置が――
「あの、奏介さん?」
レイナに呼ばれて、顔を上げる。
「え、何」
「いえ、さっきから動かないから、寝てるのかと」
……あれ。
時計見たら、四十分経ってた。
俺、何してた?
間取り見比べてたわ。しかも二棟目の配置まで考えてた。一棟目との距離とか、動線とか、除雪した雪をどこに積むかとか。
いや待て。
俺、なんで住宅街作ってんの?
ここ、山ん中に物置一個置いてあるだけの土地だったんだぞ。
誰か迷い込んでも「ああ、空き地か」で終わる場所だったんだよ。
「……なんでもないわ」
スマホをポケットに突っ込んだ。
嘘だけどな。発注はもう押したあとなんだよ。
* * *
翌朝、目が覚めたら飯の匂いがした。
外に出ると、女の子の一人がカセットコンロで何か作ってる。
黒服の若い方が、井戸から水を汲んでポリタンクに移してる。
柏木がその横で、ノートに何か書いてる。
……なんだこれ。
「おはようございます、奏介さん」
柏木が頭を下げてきた。
「勝手に色々始めてしまって申し訳ありません。ただ、人数が人数なので、決めておかないと回らないかと思いまして」
ノートを見せてくる。
飯当番。水汲み当番。トイレの掃除当番。
名前がずらっと並んでる。俺の名前だけ無いわ。
「奏介さんは入れておりません。ここは奏介さんの土地ですので」
……あー。
なるほどね。
この人、こういうのが仕事だったんだな。
店で女の子とスタッフ回してたんだから、そりゃ得意だわ。
「別に俺も入れていいけど」
「いえ。その代わり、決め事はすべて事前にご相談します」
律儀だなあ。
正直、この距離感は悪くないと思った。
向こうは「使わせてもらってる」って顔をしてるし、こっちは「勝手にやってくれ」で済む。
十三人いても、話す相手が一人で済むならだいぶ楽なんだよな。
* * *
そこから数日は、思ったより穏やかだった。
飯は回ってる。水も回ってる。
トイレは足りてないけど、そこは二棟目が来れば解決するはずだわ。
子供二人は完全に拠点に馴染んでて、ゆらが陽菜の面倒を見てる。
五歳が三歳の世話してる図って、なんかこう、微笑ましいを通り越して感心するね。
女の子たちも、最初の二日はずっと寝てたけど、三日目くらいから普通に喋るようになった。
コンビニのバイト的なノリで当番やってるわ。若いって強いね。
黒服二人は力仕事担当で、薪割りやら何やらをやってる。
片方が「これ、けっこう楽しいっすね」とか言い出した時は笑ったわ。分かるよ、斧って楽しいもんな。
で、俺はというと。
特にやることが無いんだよ。
飯は作ってもらえる。水も汲んでもらえる。掃除もしてもらえる。
そりゃ楽なんだけど、なんかこう、落ち着かないんだわ。
ふらっと工場に行って、銃をバラして組んで、また戻る。
そんな数日だった。
* * *
江別の子の親探しは、三日目から動き出した。
避難所ってのが市内にいくつもあってな。
市のサイトに一覧が出てるんだけど、更新が追いついてなくて、行ってみたら閉鎖されてるとかザラだわ。
「すみません、何度も付き合ってもらって」
助手席で、江別の子が縮こまってる。
「別にいいって。俺も街の様子見たかったし」
嘘ではないんだよな。
拠点に籠ってると、外がどうなってるか分からんくなるから。
で、外はというと、まあ、じわじわ悪くなってるわ。
避難所は人で溢れてて、体育館の床にびっしり毛布が敷いてある。
入口に「これ以上の受け入れはできません」って紙が貼ってあった。
物資の配給の列が長い。
並んでる連中の顔つきが、初日に比べて悪くなってるわ。
「あの、すみません。江別から来た――」
江別の子が受付の人に聞いてるけど、名簿を見せてもらっても載ってない。
三箇所回って、三箇所とも空振りだった。
「……いないですね」
「まだ全部回ったわけじゃないだろ。また明日な」
そう言っといた。
正直、あんまり期待はしてないんだよ。三日連絡が取れないってのは、そういうことだと思うし。
でも、それを言う必要はないよな。
本人が一番分かってるだろうし。
帰り道、車の中で江別の子がぽつりと言った。
「奏介さん、なんでこんなに親切にしてくれるんですか」
「親切?」
「はい」
……親切ねえ。
「俺がやりたいからやってるだけよ。やりたくなくなったらやめるわ」
「それって、親切って言いません?」
「言わんだろ。親切ってのは、やりたくなくてもやるやつのことだわ」
女の子が、ちょっと笑った。
数日ぶりに笑ったな、この子。
まあ、それくらいならいいか。
* * *
その日の夜、二棟目のコンテナハウスが届く連絡が来た。
来週だってさ。
思ったより早いわ。まだ物流が生きてるうちに頼んどいて正解だったな。
柏木に伝えたら、すごく喜んでた。
「助かります。トイレが二つになるだけで、だいぶ違いますので」
「まあ、朝の行列が酷いもんな」
「ええ、あれは……ええ」
言葉を濁すの、面白いなこの人。
ノートを閉じながら、柏木が言った。
「奏介さん。あの、こんなこと言うのもなんですが」
「ん?」
「ここ、居心地がいいです。みんなそう言ってます」
……あー。
なんて返せばいいんだ、それ。
「そりゃ良かったわ」
それしか出てこなかった。
悪い気はしないんだよ。しないんだけどな。
コンテナハウスの窓から灯りが漏れてて、中から女の子たちの笑い声が聞こえてくる。
子供の声もする。飯の匂いもまだ残ってる。
山ん中に、物置が一個あるだけの土地だったんだけどな。
……まあ、いいか。
そう思って、俺は空を見上げた。
星が馬鹿みたいに出てるわ。北海道の山ってこれだから困る。
穏やかだった。
この時はな。




