第20話:帰り道が長いのは、たぶん俺のせいじゃない
まずは一番近い子からだな。
「実家、南三条です。すぐそこなんで」
すぐそこ、ねえ。
今の街だと、その「すぐそこ」が一番あてにならんのよ。まっすぐ行ける道がどこにもないんだから。
案の定、二本目の通りで詰まった。
「ここ、抜けられないですね……」
「だな。回るか」
助手席で遠回りの指示を出す。
運転は柏木。この人、意外と上手いわ。夜の店の人って送り迎えで慣れてんのかね。
窓の外は、まあ、荒れてるね。
シャッターの前に段ボール敷いて座り込んでる連中。
コンビニの窓ガラスが全部抜けてて、中は空っぽ。
その隣のドラッグストアだけ、なぜか無傷でシャッター下りてる。
……なんでドラッグストアだけ無事なんだよ。
薬とか一番狙われそうなもんだけどな。中に人が残ってんのかね。
「奏介さん、あそこ」
柏木が顎で示した先に、黄色い袋を被ったのが電柱に繋がれてた。
三体まとめて。ワイヤーがぐるぐる巻きになってる。
「回収、来てないんですね」
「そりゃ来ないっしょ。市役所も今それどころじゃないわ」
冬になれば勝手に止まるんだろうけど、それまではあのまんまか。
臭いそうだなあ。
十五分くらい回り道して、ようやく着いた。
「ここです、ありがとうございました!」
女の子が飛び降りて、走っていく。
玄関が開いて、中から親らしき人が出てきた。抱き合ってるのが車からでも見えるわ。
うん、良かった良かった。
こういうのは見てて悪い気しないね。
「一人目、無事ですね」
柏木がほっとした顔で言う。
そうだな。あと二人だわ。
* * *
二人目は、彼氏の所に行くって子。
「連絡は取れてるの?」
「はい、待ってるって」
まあ、それなら問題ないか。
場所は北区の方らしい。ちょっと遠いけど、まあ通り道っちゃ通り道だな。
道中、後ろのランクルが気になってバックミラーを見る。
黒服の若い方が運転してるんだけど、あれ絶対緊張してるわ。車間距離が異常に空いてるもん。
……あ、そうか。
俺のランクル、フロントガードとか色々ついてるもんな。他人の車としては相当扱いにくいわ。
悪いことしたな。うん、悪いことしたついでに言うと、あれ運転しづらいのは改造した俺のせいだわ。ごめんな。
「あの、奏介さん」
後ろの席から、さっき「助けてあげられませんか」と言ってきた子が声をかけてきた。
「さっきは本当に、すみませんでした」
「いや、もういいって」
「でも……」
「気にしすぎだわ。俺も言い方きつかったしな」
実際きつかったと思うんだよ。
ただ、あそこで曖昧にしとくと後で全員が困るからね。
「奏介さんって、優しいのか怖いのか分かんないです」
……なんだそれ。
「どっちでもないよ? 面倒だけど、死ぬなら人に決められないで、自分が決めたことで死にたいだけ」
女の子が、きょとんとした顔をした。
まあ、伝わらんよな。伝わらなくていいんだけど。
彼氏の家は、思ったより普通のアパートだった。
「あ、いた!」
玄関先で待ってた男が駆け寄ってきて、女の子を抱きしめる。
男の方、俺らを見てちょっと警戒してたな。そりゃそうか、ハイエース二台とランクルで乗り付けてきたら誰でも警戒するわ。ヤクザの出入りかと思うよな。
「お世話になりました!」
女の子が頭を下げて、二人で中に入っていく。
二人目も無事。あと一人だわ。
* * *
最後の一人が、なんか様子がおかしいんだよな。
車に乗ってからずっと黙ってるし、行き先を聞いても「あの、えっと」って歯切れが悪い。
「実家、どこだっけ」
「……江別、です」
江別ね。まあまあ遠いけど、行けなくはないか。
「連絡は取れてんの?」
しばらく間があった。
「……取れてないです」
お?
「いつから」
「三日前から。既読もつかなくて」
……あー。
それ、かなりまずいやつじゃないの?
「お前、それ分かってて実家帰るって言ったの」
「だって、他に行く所ないですし」
柏木がバックミラー越しにこっち見てきた。目が「どうします」って言ってるわ。
どうするもこうするも、行くしかないっしょ。
確認しないまま拠点に連れてくのも違うし、本人が行きたがってるのを止める理由もないんだから。
「じゃ、行くか。江別」
「え、でも遠いですし」
「遠いっつっても同じ道内だろ。北海道なめんなよ」
そう言っといた。
道民の距離感覚っておかしいからな。一時間なんて「ちょっとそこまで」なんだよ。
* * *
江別に着いたのは、もう日が落ちてからだった。
住宅街の一角。二階建ての一軒家。
灯りがついてない。
「……あれ」
女の子が車を降りて、玄関に駆け寄る。
インターホンを押す。反応なし。何度も押す。反応なし。
俺と柏木も降りて、少し離れたところで待つ。
鍵はかかってなかったみたいだな。ドアが普通に開いた。
「お母さん? お父さん?」
中に入っていく女の子を、慌てて追いかける。
真っ暗な玄関。靴が散らばってる。
……これ、あんまり良くないな。
「ちょっと待ちな。俺が先に見るわ」
スマホのライトで中を照らしていく。
リビング。誰もいない。
テーブルの上に食べかけの皿が置きっぱなしになってて、中身がもう干からびてた。三日前ってのは合ってそうだね。
台所。誰もいない。
二階。寝室、誰もいない。
家の中には、誰もいなかった。
血の跡もない。争った形跡もない。
ただ、飯の途中で全員が出ていったみたいな部屋が残ってるだけ。
「……いない」
女の子が、リビングの真ん中で立ち尽くしてる。
「避難所じゃないですかね」と柏木が小声で言う。
「かもな。三日前ならこの辺も避難指示出てたはずだわ」
慌てて出たなら、食いかけの飯も靴も説明つくもんな。
「じゃあ、避難所行けば」
女の子がそう言いかけたところで、口を挟む。
「今からは無理だわ」
「でも」
「どこの避難所かも分からんだろ。市内にいくつあると思ってんの。 それに夜だぞ。この状況で夜に女一人で探し回るとか、正気の沙汰じゃないわ」
女の子が黙った。
……で、だ。
家は空。連絡つかない。行き先不明。夜。
こいつをここに置いてくのは、どう考えても無しだろ。
かといって拠点に連れてくのは――
……いや、連れてくしかないだろこれ。どう考えても。
「明日、明るくなってから探せばいいわ。避難所の場所も、その頃には情報出てるだろ」
「……じゃあ、今日は」
「うちに来な。仕方ないだろ、こんな時間だし」
女の子が、はっと顔を上げた。
「い、いいんですか。私、さっき断ったのに」
「家族いなかったしな、仕方ないだろ」
そういうことにしとこう。
……って、ちょっと待て。
俺、今日何回「仕方ない」って言った?
四人連れてきた時も仕方ないで、店助けに行ったのも仕方ないで、今も仕方ない。
仕方ないの安売りしすぎだなあ。
まあ、仕方ないんだけどな。今回ばかりは。
* * *
帰り道、車の中は静かだった。
女の子は窓の外を見たまま、何も喋らない。
柏木も気ぃ遣ってるのか、黙って運転してる。
俺はというと、後ろのランクルをバックミラーで確認しながら、別のこと考えてたわ。
コンテナハウス一棟。
元からいるのが四人。増えるのが、柏木、黒服二人、女の子五人、で、今の子が一人。
……九人か。
合計十三人。
いや待て、入るわけないだろ。物理的に。
毛布は足りるか? 飯はどうすんだ。
水は井戸があるからいいとして、トイレが完全に足りてないわ。
四人想定で作った場所に十三人だぞ。朝の行列がえらいことになるわ。
「奏介さん、大丈夫ですか」
柏木が聞いてくる。
「何が」
「いや、なんか唸ってたんで」
唸ってたのか、俺。
「なんでもないわ。ちょっと計算しててな」
計算っつうか、絶望だけどな。
窓の外はもう真っ暗で、街灯もまばらだ。
札幌の夜って、こんなに暗かったっけね。
……まあいいや。着いてから考えよう。
今考えても何も解決しないし。
俺はシートに背中を預けて、目を閉じる。
帰り道が長く感じるのは、たぶん人数のせい。
俺のせいじゃないよ……




