第19話:善意の顔で来るやつが、一番タチ悪い
囲みの後ろからゴムパイプ素振りしながら歩いていく。
バカ達は誰も気づいてないか。
前の連中は店側を殴るのに夢中、後ろの奴らは笑いながら見てるだけ。
完全に自分たちは「狩る側」とでも思ってるんだろうな。
十人ちょい、か。
多いっちゃ多いけど、こういうのって数より配置なんだよな。後ろから順にやれば、前の奴らは何が起きてるか分からんまま減っていく。
十人ちょい、ねえ。
多いっちゃ多いけど、不意打ちで後ろからやれば、前の奴らは何が起きてるか分からんまま減るんだよね。
一番手前の男に声をかける。
「ちょっとごめんな」
振り向いた顔に、ゴムパイプを一発。
鼻から下が変な形になって、男が声も出さずに崩れた。
うーん、いい音だな。加減もちょうどいいし、手ごたえも良いな。
そこからは流れ作業で殴っていく。
後ろの奴から順に、肩、肘、膝っと。
骨は折っても殺さないように。頭はヤメとこう。さっきのは向こうが振り向いたから当たっただけなんだ。うん。
良心とかじゃないけどねえ、死体が出ると面倒くさいでしょ。
今日はゾンビって事にするとか、そんな時間ないんだよ。
――そう考えると、あの訓練、無駄じゃないね。
手加減する練習。工場で一人、延々やってたやつ。
「何やってんだろ俺」と思ったけど今日のためだったんだな。
「ぐぇっ」「うわ、なんだ、何が」
前の連中が気づき始めた。遅いわ、もうお前ら半分だぞ?
振り向きざまに殴りかかってきた奴の腕を、跳ね上げる。
――ゴキ。
……お、おう?。
ちょっと強く『殴らさった』。肘が逆に曲がっちゃったよ。
し、死んでないからセーフ。病院で何とかなる…かな?
「て、てめえ何者だよ!」
「この辺は俺らの縄張りだぞ! 誰の許可取って――」
「てめえ何者だ?俺らの縄張りだぞ!……嘘だろ?ww」
「……は?」
いや、だって『てめえ何者だ』からの『俺らの縄張りだぞ!』ってさ、昭和のマンガでしか聞いたことないわ(笑)
いや、笑わせてくれたから優しく殴ってやろうかな。
こっちは店の連中を回収して帰りたいだけなんだから。
「俺、急いでるんだ。面白かったから優しく殴ってやるよ」
そう言いながらもう距離詰めてるんだけどな。
男が何か言いかけた口が、開いたまま止まる。
ゴムパイプを脳天に軽く一発。
派手なジャンパーが地面に転がって、それで終わり。
……なんかこう、盛り上がらない終わりだな。
なんか噛み合わないまま終わっちまったなあ。
まあいいや。時間の節約だ。笑わせてもらったし。
* * *
転がってる連中を跨いで、店の前までいく。
バリケードの向こうで、柏木らしき男が身構えてる。
顔の左半分が腫れてて、シャツは血だらけ。それでも折れた椅子の脚を握って、こっちを睨んでいた。
あー、そうか。
向こうから見たら、助けかどうか分からないもんな。
突然来ていきなり10人以上殴り倒したヤベエ奴だし、ヘタすりゃ別グループと思われても仕方ないか。
「近寄るな! こっちには――」
「俺、レイナの知り合いなんだけどな」
その一言で、柏木の顔が固まった。
「……レイナちゃんの?」
「そうそう。レイナちゃんに頼まれて来たの。あの子と陽菜は無事だから安心しな。てか俺の事覚えてないの?」
椅子の脚が、カランと落ちた。
「……ああ!シャンパンタワー入れてくれた奏介さん!」
膝をつき俯いて手で顔を覆っている。
黒服の一人が、鼻血を拭きながら崩れるように座り込んだ。
店の奥から、女の子たちが恐る恐る出てきた。七人か八人か。みんな化粧が落ちて、目が真っ赤だね。
そこで柏木が、いきなり地面に頭をつける。
「ありがとうございます。本当に、ありがとうございます」
……うわ、やめてくれ。
これが一番困るんだよ、俺。
殴るのはいいんだよ。殴るのは慣れてるんだよ。
でも頭下げられると、どうしていいか分からなくなるんだわ。
「いえいえ」も違うし「当然です」も違うし、そもそも俺、別に善人じゃないんだよな。
「いいから立ってな。血止めた方がいいわ、それ」
そう言うのが精一杯だった。
40のオッサンになっても、こういう時の正解が分らんのよ。
* * *
女の子たちが少し落ち着いてきた頃、一人が言う。
「あの……」
若いなあ。二十歳そこそこかな。
不安そうな、でもどこか期待の混ざった顔で聞いてくる。
「あの、ここから二つ先のお店も、同じ目に遭ってて。あそこ、まだ女の子が残ってるんです」
「……」
「助けてあげられませんか」
……あー、来たねえ。
早いなあ。まだ十分も経ってないのに。
別に、この子が悪人ってわけじゃないんだよな。
たぶん本気で心配してるし、本気で善意で言ってる。
友達がいるのかもしれない。
でも、なんで俺の善意で他人助けようとしてるの?
なんで俺からは善意を搾取するんだろう?
俺は今、この店を助けに来ただけなんだよ。
レイナちゃんが泣きそうな顔してたから来た。それだけ。
そこに「じゃああっちも」って乗っかられるとさ。
――なんだろうな。急に、全部が面倒くさくなるんだよ。
さっきまでヘラヘラしてたのに、口が動かなくなる。
「奏介さん?」
柏木が俺の顔を見て、察したのか、女の子の肩に手を置いた。
「おい、それは」
「だって、みんな同じ立場じゃないですか。困ってるんだから――」
「……あのさ」
自分の声が、思ったより低く出る。
「俺、正義の味方じゃないんだわ」
女の子が、びくっと肩をすくめた。
言い過ぎか?いや、ここは言っとかないと駄目なんだよ。
「今日ここ来たのは、レイナが困ってたから。それだけ。
俺さ、 困ってる人全員助けて回る人間じゃないのよ。
『みんな同じだから』って理屈は、勘弁してくんないかな。
立場が同じなら、俺に頼まないで自分で行きゃいいだろ?」
誰も何も言わなくなったよ。
……うん、ビックリするくらい空気悪くしたな。
まあ、最初に言っとかないと、後で面倒なことになるからね。
人間って一度して貰うと、それが当たり前だと思うから。
* * *
「で、どうする?」
気まずい空気でムカつくし話題変えよう。
「俺の拠点は山ん中にある。
レイナと陽菜、あと美咲とゆらって子がもういる。来たい奴は連れてくわ。ただし、条件は一個だけな」
全員の顔を見回して、言っておく。
「さっきみたいに『あれもこれも助けて』って言い出したら、その時点で出てってもらう。そこだけは譲らないからな」
しばらく誰も口を開かなかった。
最初に手を挙げたのは、さっき「助けてあげられませんか」と言ってきた子だった。
「……私行きます。さっきは、すみません」
「いや、いいよ。別に怒ってない、ルール教えただけだよ」
本当に怒ってはいないんだよな。
ただ、線は引くってだけで。
結局、女の子は五人が来ることになった。
三人は辞退。実家が近いからとか、彼氏の所に行くとか、まあ人それぞれだ。
「無理に来いとは言わんよ。気ぃつけてな」
そう言っておく。
本当は「街に残る方が危ないぞ」と思ってるけど、言わない。
選ぶのは自分達が良いと思うしな。
死ぬんでも、自分達が選んだことで死んだ方が良いのよ。
黒服は二人。あと柏木。
柏木は最初、渋った。
「俺は店を離れられません。ここは――」
「シャッターぶち破られてるけどな」
「……」
「守るもんが店なのか、中にいた奴らなのか、どっち?」
柏木はしばらく黙って、それから深く息を吐く。
「……お願いします」
「よし決まりだな」
うちの人口、また増えたかあ。
* * *
移動手段は、転がってる連中から借りることにしようかな。
倒した奴らのポケットを順番に探って、鍵を抜いていく。
ちなみに財布は取らない。
取ってもいいけど、限度額無限の口座とカード有るからなあ。
「お前らもう歩けないんだから、車要らないだろ」
返事はない。まあ、当たり前か。
路地に停まってたハイエースが二台。ちょうどいい。
十人ちょいで乗り付けてきただけあるわ。
「柏木、運転できる?」
「はい」
「じゃあ一台頼むな。もう一台は――」
「自分がやります」
黒服の若い方が名乗り出た。お、鼻血はもう止まったな。
さて、これで全員積んで帰れる。
うちのコンテナハウス、何人まで入るんだっけな。
まあ考えるのは着いてからでいいか。
そう思って車に乗り込もうとしたら、柏木が言った。
「あの、奏介さん。ひとつだけ、お願いが」
……お、また来たか?
「残る三人なんですが。せめて、送ってからでもいいですか」
ああ、そっちね。
まあ、そりゃそうだわ。
さっき俺が「守るもんが店なのか中にいた奴らなのか」とか偉そうに言った手前、三人だけ置いてくのは筋が通らんもんな。自分で言っといて忘れてたわ。
「いいよ。どうせ通り道だろ」
車、三台あるしな。




