第18話:他人事のつもりが、店もかよ……
「レイナと陽菜だけだが、俺の拠点に来るか?」
言ってから、我ながらナンパより間抜けだなと思ったわ。
助けに来たわけでも、口説きに来たわけでもない。ただの提案のつもりなんだけど、口に出すと妙に恩着せがましく聞こえるんだよな。
弱ってる相手に「うち来る?」だぞ。字面が最悪だわ。
イーゼルの控室。シャッターの下りた店の奥で、レイナは陽菜を抱いたまま黙ってる。
窓もないのに、外の空気が悪くなってるのがなんとなくわかるんだよ、こういう時って。
「……あの」
お、珍しいな。言い淀んでる。
この子、物怖じしないのが売りみたいなとこあるのに。
「あの、実は……本当は陽菜を預けようとしてた人がいて」
「は?」
「元同僚の美咲って子と、その娘の……ゆらちゃんも、一緒じゃないと」
……話が違うだろ。
二人でいい、二人だけなら俺も身軽だし、って前提が音を立てて崩れたわ。
「……四人かよ」
「ごめんなさい、でも」
断る理由を探した。
だってこれ、俺の気分の問題なんだよ。レイナと陽菜を助けるのは俺が助けたいから助けるのであって、そこに誰かが乗っかるのは違うだろ。
でもな。
じゃあ陽菜は助けて、美咲の娘は見捨てるのか、って話になると、それもなあ。
しかもこういうのって、一回受けたら次が来るんだよ。
「あの人も」「この人も」って、そのうち向こうが当たり前の顔で言い出すやつ。
前世の職場でも見たわ。一回融通利かせたら、それが標準になるやつな。
先に言っとくか。
「……まあいいけど、ハッキリ言っとくぞ。その子らが他にも助けろだの面倒なこと言い出したら、俺は容赦なく叩き出すからな」
レイナが何度も頷く。よし、言質は取った。
後で「そんなこと言われてません」は無しな。
「早い方がいいわ。今から迎え行くから、纏められる荷物だけ纏めといてな」
まあ、コンテナハウスはもう買ってあるんだけどな。
誘う前から。
……あれ選んでる時、正直めちゃくちゃ楽しかったんだよ。
断熱材のグレードがどうとか、窓の位置がどうとか、丸一日ネットで見比べてたもん。
「二人だけだから」とか言いながら、内心では間取りで悩んでたわけだ。
柄でもないよなあ。
まあ、言わなきゃバレないからいいや。
* * *
美咲って女は、レイナより二つ上の二十四歳。
目つきの鋭さが、レイナとは違う種類の警戒心だな。人を値踏みする目だわ、これ。
娘のゆらは五歳。母親の陰に隠れてたくせに、拠点に着くなり顔だけ出してきてこう言った。
「トイレ、どこですか」
いや強いな。
大人四人が固まってる中で、五歳児だけが必要なこと済ませにきてるじゃん。
「子供の方がよっぽど肝据わってるみたいだな」
「ゆら、しっかりしてるから」
美咲が小さく答える。
娘を褒められて表情は緩んだけど、目の奥はまだ探るような色が残ってるわ。
まあ、そりゃそうだわな。
得体の知れない男の家に、選択肢もなく転がり込んできてるんだから、能天気な方が可笑しいだろ。
むしろ警戒してくれてる方が、こっちも気が楽でいい。
コンテナハウスの中を見せる。
「一応、住めるようにはしてあるよ」
水道も電気も通ってる。
中は思ったより整ってて、美咲がちょっと驚いた顔をした。何も言わなかったけどな。
……そういや、工場の話はしてないな。
いや、隠してるわけじゃないんだよ。聞かれてないからね。
うん、そういうことにしとこう。
子供らは部屋の隅で何か話してる。
もうすぐ三歳と、五歳。歳の差なんか関係ないね、あっという間に笑っていい顔だ。
子供ってすげえや。俺もこうだったのかねえ、ウソみたい。
子供の笑い声が響く。
……俺の家だったよな、ここ。
ここ、元々は何にも無いように見せてた土地なんだよ。
物置が一個あるだけで、あとは全部収納の中。誰か迷い込んでも「ああ、山ん中の空き地か」で終わる場所だった。
それが今、コンテナハウスが出しっぱなしで、そのうち洗濯物まで干されそうな気配がするわ。
まあ、いいか。今更だし。
「お茶でも……って、ここ、あたしの家じゃなかったです」
レイナが自分で突っ込んで苦笑いする。
そうやって空気が緩んだ矢先だった。
スマホが鳴ったんだ。
着信音じゃない。メッセージの通知の音。
レイナの顔から、一気に血の気が引いていく。
「柏木さんから……お店、囲まれてるって……」
震える手で見せられた画面には、要点だけ書き殴ったような一文。
『シャッター閉めたけど囲まれてる 警察来ない 助け呼んで』
……あーあ。
「……はいはい」
面倒くせえなあ、そこまで俺がしなきゃならんか?
「奏介さん……」
レイナが縋るでもなく、ただ不安げにこっち見てる。
……これも陽菜たち助けたリスクのうちか、仕方ないな。
「陽菜とゆら、見ててやれ。すぐ済ませてくるわ」
用意してあったゴムパイプを手に取って、玄関を出る。
剣は持っていかない。
持ってけば一発なのは分かってるんだけどな。
ススキノのど真ん中で二メートルの鉄塊振り回したら、翌日から俺の生活が終わるもん。動画に撮られて終わりだわ。
ゴムパイプ。地味だけどこれが正解なんだよ。
* * *
外に出たら、道は一時間前よりさらに酷いことになってた。
片側車線は避難民の車と歩行者で埋まって、クラクションだけが鳴りっぱなしで煩い。前の車、動く気配ゼロだわ。
途中にバリケードらしきものが組んであるんだけど、これがパイロンと看板を適当に積んだだけの代物。道警でも自衛隊でもない、完全に素人仕事だな。
「誰だよこれ組んだの、雑すぎるだろ」
声に出たけど、誰も聞いてないね。
つうかさ、こういう時のバリケードって、なんで毎回パイロンなんだろ。
あれ本来、工事現場で「ここ掘ってますよ」って知らせるだけの物だぞ。人を止める気なんか最初から無い道具に、みんな信用置きすぎなんだよ。蹴ったら倒れるからな、あれ。
そんなこと考えながら進んでたら、少し先で人が集まってざわついてるのが見える。
マイクロバスを十人くらいの一団が取り囲んで、運転席のドアを叩いてるわ。
「これは市の緊急輸送車両だ、勝手に使うな!」
運転手が窓越しに叫んでるけど、周りは聞く気ゼロ。
ドアのロックをこじ開けようとしてる奴までいる。
「知り合いじゃない」で通り過ぎるつもりだったんだよ。
でも車が一ミリも進まんのよ。仕方なく降りて歩いていく。
「あー、はいはい。どいてどいて」
軽く声かけて、一番手前でドアをこじ開けようとしてた男の腕を掴んで捻る。
骨が軋む感触が手に伝わって、男が「ぎゃっ」って座り込む。
次の奴が振り向きざまに殴りかかってきたから、足を軽く払って転ばせて、膝の関節を逆に押す。
パキ、って軽い音がして、また悲鳴だわ。
「痛い痛い痛い!」
「痛いのが嫌なら最初から手ぇ出さなきゃいいのに」
……あ、靴汚れたな。
買ったばっかりなのに。ムカついてもう一回蹴ってやる。
残りの連中は、二人が地面でのたうってるのを見て、さすがに手を引っ込めて逃げていく。
運転手が窓を開けて、呆然とこっち見てる。
「あんた何なんだよ」
「まあ、通りすがり。それよりさ、これからススキノ行くんだけど、乗せてってくんない?」
「は? いや、これ市の車両で……」
「知ってる知ってる。書いてあるもんな。でもほら、こっちの道もう詰まってるし、どうせ動けないっしょ」
運転手が困った顔でハンドル握ったまま黙る。
断られたら断られたで、歩くか別の車に当たればいいんだよ。急いではいるけど、急いでどうにかなる渋滞でもないしな。
「……どこまで行くんだ」
「イーゼルの近くまで。ああ、店の名前言われてもわかんないよな。とりあえずススキノで」
数秒黙ってから、運転手はドアを開けてくれた。ありがたい。
* * *
乗り換えても渋滞は相変わらずだわ。
しかしあれだな。
乗客ゼロのマイクロバスに客が俺一人、しかも行き先変更済み。
人生で初めてバス貸切ったわ。しかも無料w。
ノロノロ進んでは止まり、進んでは止まり。
路線バスって座り心地を追求する気が最初から無いよな。
長く座らせない設計なんだろうけど、こっちは今から三十分は座るんだぞ。なんでこんな微妙に座席硬いんだ。
……そんなどうでもいいこと考えてたら、路地の入り口で女が引きずられてるのが目に入った。
二十代くらいの女が、男二人に腕を掴まれて路地の奥に連れ込まれかけてる。
悲鳴は周りの喧騒に紛れて、誰も気にしてない。
バスの中からでも聞こえたってことは、そこそこ本気の声だったんだろうが、世の中それどころじゃないらしいね。
「……はあ、見ちゃったもんなあ」
ため息一つついて、運転手に「ちょっと停めてくんない?」と言ってから降りる。
路地に入ったら、男の一人が女の口を塞ぎながらニヤついた声で言ってるのが聞こえた。
「静かにしてりゃ痛い目には遭わせねえからよ」
反吐が出る、とまでは言わないが、まあまあ胸クソではあるわ。
テンプレすぎて逆に感心するレベルだな、台本あんのかね?
「おい」
声をかけると、二人揃ってこっち見た。
「あ? 何だお前」
「ゾンビよりお前らの方がよっぽど質悪いなって話」
一人が懐から何か出そうとした瞬間には、もう距離を詰め終えてて、みぞおちに一発入れて、膝を股間に入れた。
何か潰れた感触と「ぐっ」って声がして、男が崩れ落ちる。
……うわっ、膝はやめとこう、生暖かくて気持ち悪いよ。
もう一人が女を突き飛ばして逃げようとしたけど、襟首掴んで引き倒す。顔から地面に叩きつけられて、鼻血が広がった。
「痛って、な、なんだよお前」
「なんだよはこっちの台詞だわ」
つま先で股間を蹴って黙らせる。うん、靴なら大丈夫(笑)
女は地面に座り込んだまま、震えながらこっち見てた。
「大丈夫か」
声をかけたら、コクコク何度も頷くだけで、それ以上何も言えないみたいだった。
まあ、そうなるよな。事情を聞いてる暇もないし、聞いたところで俺にできることもない。
「もう行って大丈夫だぞ。気を付けてな」
女がふらふら反対方向へ駆けてくのを見送って、バスに戻る。
倒れた二人は、そのまま路地に転がしといた。誰かが片付けるだろ。知らんけども。
バスに戻ると運転手が変な顔でこっち見てたけど、何も聞かずに発進させてくれた。いい人だわ。
窓の外はいつものススキノと違うよな。
シャッターの下りた店に割れたガラス。路地の焚き火。
俺は窓から外を見つめて、特に何も言わなかった。
……あの時、店の女の子全員指名して飲んだんだよな。
あの時のシャンパン、美味しかったなあ。
もう一回あの店で出来るんだろうか、あんな楽しい夜。
* * *
イーゼルの通りに近づいたところでバスを停めてもらう。
「ここまででいいわ。助かった」
降りて少し歩くと、遠目に店の前の人だかりが見えてきた。
囲んでるのは十人前後、柄の悪い連中だな。
店側は机や酒のケースを積んでバリケードにして、出入り口を塞いでる。
……お、こっちのバリケードはちゃんと考えて組んでるわ。
重い物を下に置いて、抜けそうな隙間に椅子突っ込んでる。
パイロンとは違うんだよ、パイロンとは。
柏木らしき男が、殴られながらもドアの前から動かない。
「うちの子には触らせねえ!」
叫んでる声がここまで届く。
黒服の一人は鼻血出しながらボトル片手に応戦してるわ。
数でも力でも勝ち目のない状況なのは一目瞭然だ。それでも誰も、退いてない。
「あー……頑張ってんじゃんか」
半分感心、半分呆れだね。
俺が来るまで持てばいい、くらいにしか思ってなかったから、これほど粘ってるとは思ってなかったわ。
――遅くなったら不味かったかな。
その考えがよぎった瞬間、口から出たのは、いつもの軽口とは少し違う響きだった。
「……逃げりゃいいのに、バカやろうどもが」
誰に向けたわけでもない悪態を、吐き捨てるように言って。
背中が、囲みの中へと歩み寄っていく。




