第16話:見えてりゃ何でもいい、ってわけじゃないらしい
久しぶりに飲みに出て、ニュークラ「イーゼル」に顔を出す。
レイナちゃんは元気そうだった。
俺を見るなり「奏介さーん!」って寄ってきて、この前のことには触れずに、いつも通りシャンパンをねだってくる。
触れないでいてくれるのは助かるわ。
あの時のことを毎回蒸し返されたら、こっちの調子が狂うしね。
つうか、ああいうのを流せるのが、この仕事の人のすごいとこだよな。俺だったら絶対顔に出るもん。
「そういや、娘さんの名前、まだ聞いてなかったね」
「え、言ってなかったでしたっけ? 陽菜ですよ、陽菜」
陽菜ちゃん、か。
「あー、おじちゃん誰かいるー」の声が頭をよぎる。
次会う時は、ちゃんと名前で呼んで抱き上げよう。
……いや待て、四十のオッサンが人様の娘を抱き上げるって字面、字面がまずいな。
事案じゃないよ? 許可取るからね? ちゃんとお母さんに聞くからね?
「最近どうなの、この辺」
「あー……前よりは落ち着きましたよ。ほら、家に袋配られたじゃないですか」
黄色いのと赤いのな。
「うちも一応、両方置いてあります。使ったことないですけど。うちの近所のおばちゃんは、赤いの使って警察呼ばれてましたよ。緊急でもないのに勝手にやったから、二人以上の立会いが要るとかで、しばらく事情聴取されてたみたい」
「へえ」
「黄色い方は楽ですよ。被せて縛って、市役所に電話するだけ。牧場の跡地に持ってってくれて、そこで死ぬの待って、それから燃やすんですって。あたし、あの施設の近く通ったことあるんですけど、なんか変な臭いしましたもん」
その施設、俺も一度見ておいた方がいいかもしれないな。
政府の説明によれば、この仕組みは主に「誤認による処理」を防ぐために設計されたものらしい。
即時に窒息死させる赤い袋は、密閉性が高く確実な分、乱用の懸念が大きい。
そのため、緊急性が認められない場合の使用には、二名以上の立会いと、使用後の身分照会が義務付けられている。
一方、黄色い袋は空気を通す構造になっていて、対象を生かしたまま拘束し、行政の回収を待つ。
回収後は指定の収容施設――かつて牧場だった土地に建てられたもの――に運ばれ、そこで一定期間の経過観察を経てから、死亡が確認された個体のみが焼却処分される。
手続きとしては手間がかかるが、この慎重さのおかげで、「実は生きていた人間を誤って処分した」という最悪の事態は、少なくとも公式には一件も報告されていない。
……にしても、色で分けたのは偉いと思うわ。
赤が即死で黄色が待機。信号と同じだもんな。
たぶんこれ、会議室で偉い人が三時間くらい揉めて決めたんだろ。「青は誤解を招く」とか言い合ってさ。
想像すると笑えるけど、実際その三時間のおかげで誰か助かってるんだから、バカにはできんのよ。
あとは、人型を殺せる人間を増やしたくないってのもあったんだろうな。人殺しのハードル下がるしね。
実際に、ゾンビ被害の代わりというべきか、正規の手順を無視して、ゾンビを甚振って楽しむ連中が増えていた。
半グレ、ホラー映画やゾンビゲームのファンを名乗る連中、避難してきた人間の一部。動画に撮って、笑いながらやる。
「……趣味悪いなあ」
そういう連中を見つけると、俺は軽く手を出す。
どうでもいいけど、見てて俺の気分が悪いからな、ウン。
魔法で、アキレス腱か膝の関節の中に、小さな空気の塊か砂粒を送り込んでやるだけ。
それだけで、バカどもは歩けなくなる。
歩けなくなったら、あとは自分たちがいたぶってたゾンビが勝手に片付けてくれる。
俺は何もしてない。ただ運が悪かっただけ。
うん、そういうことにしとこう。
証拠は何も残らない。完璧じゃないの。
街で絡んでくるタイプの連中には、もう少し直接的な方法を使ってとっととこの世から退場してもらってる。
血管にコップ一杯の水か、ちょっとした空気を入れてやる。脳梗塞か心筋梗塞、どっちに転ぶかは知らん、神のみぞ知るんだろ。
誰も俺を疑わない。傷一つ付けてないもん、そりゃそうだよ。
そんなある日、電気屋で監視カメラを物色していた。
「これ、遠隔で見るのに向いてます?」
「これは屋外用で防水もしっかりしてますね。あ、お客さん、拠点とか作られてる感じですか?」
店員の兄ちゃんが、妙に察しがいいな。
最近多いんだろうか、こういう客は。当たり前だよな。
「最近みんな買ってくんですよ、この手のやつ。避難民絡みで物騒だからって。ドローンも一緒に売れてます」
「ドローンって、そんな売れるもんなの」
「偵察用ですね。うちのカメラと連携できるやつだと、あっという間に品切れになりますよ」
なるほどな。俺だけが思いついたわけじゃないってことか。
ちょっと悔しいわ。自分だけが賢いと思ってたのに、みんな同じこと考えてんだもんな。
「あと、監視カメラって自分ちので撮った映像しか、法律的に自由に使えないんですよ。よそ様の防犯カメラの映像勝手に使うと問題になるんで」
「ああ、そういうもんなんだ」
それは知らなかった。持って帰って試してみるか。
帰って早速、拠点の監視カメラを増設してみた。
ふと、思い立ってカメラで見える場所に水を出してみた。
――出た。
「……は?」
あっさり発動した。
モニターだぞ? 画面だぞ? 目の前に無いのに。
いや待て待て待て。
これ、ヤバいんじゃないか?
俺は震える手でスマホを取り出す。
ライブカメラのサイトを開いて、映ってる灰皿に向けて念じてみる。
……無反応。
Googleマップのストリートビューでも試す。
……同じく無反応。
「なんだよ、期待させやがって」
でも、自分で買って設置したカメラだと、普通に発動する。
……さては「見える範囲」ってのは、俺自身が所有権を持ってるものを通した「見える」限定ってことなのかね?
……そりゃそうだわ。
じゃなきゃどうなってたと思う?
画像ハックして、地球の裏側の誰かの心臓に水出せるんだぞ。
神様が慌てて飛んでくるやつだわ、それ。
というか、あの声、絶対見てるよな今。
「ほう、試したか」とか思われてる気がする。
……はい、調子に乗りません。ごめんなさい。
とはいえ、これは十分すごい発見だ。
ドローンを飛ばして、その映像越しに収納すれば、直接行かなくても遠隔で色々できるってことだよな。
つまり、家に居ながらにして仕事ができる。
リモートワークだわ。時代だなあ。
何の仕事かは言わないけど。
俺は、ア〇ゾンなども使って、買えるだけのカメラとドローンを金に飽かせて買い漁る。
届いた段ボールの山を開けてる時間が、これまた楽しいんだよな。
プチプチ剥がして、設定して、映るか確認して。
拠点の周りに死角を潰し合うように何台も設置して、モニターに全画面並べた時は、思わず腕組みして眺めたわ。
管制室だよこれ。基地だよ。
誰も見てないからやるけど、椅子に深く座って指組んだりもした。
「状況を報告しろ」とか言ってみた。誰もいないけど。
避難民の問題が表面化してきてる今のうちに確保しておいて正解だったと思う。
あの店員の言い方だと、数週間もすれば品薄になるだろうからな。先手必勝、先手必勝。
そうこうしてるうちに、季節は本格的に冬へ移っていく。
雪虫が降り、数日で初雪が降って、道路が白くなりスタッドレスの交換で整備工場やガソリンスタンドが混み合う。
北海道の人間にとっちゃ毎年恒例の面倒事だわ。
面白いことに、ゾンビも冬には勝てないらしい。
屋外で放置されてたやつらは、腐敗が止まる代わりに動きが鈍くなり、そのうち完全に凍りついて止まった。
凍った死体は、燃えないゴミよりも扱いやすいくらいだった。
自然の力ってすごいな。北海道の冬、最強の駆除装置だったんだ。
毎年あれだけ道民を苦しめといて、こういう時だけ役に立つんだから、調子いいわ。
こうして道内の感染者数は、目に見えて減っていく。
「今年の冬は雪かき大変だなー」なんて会話が、テレビの街頭インタビューで普通に流れてる。
ゾンビの話より話題になってるあたり、道民の危機感の順位がよく分かるね。
雪かき>ゾンビ。これが北海道だわ。
――このまま収まるなら、それに越したことはないんだけどな。
そう思ってた矢先だった。
深夜、ニュース速報のテロップが流れる。
『在日米軍基地内において、未申請の生物兵器が保管されていたことが判明 政府、事実関係を確認中』
俺はテレビの前で、ビールを持ったまま固まった。
「……はい?」




