第15話:ムカつく奴は殺す、気に入った奴は助ける
南区の山の中、熊が出るって看板が立ってる辺りまで車を走らせた。
砂利道を奥まで入って、エンジンを切る。
周りは木と、鳥の声と、あとは何もない。街から三十分も走ってないのに、ここまで来ると人の気配が完全に消える。北海道ってそういう土地だ。
荷台のブルーシートをめくって、四人を順番に下ろす。
さて、と。
俺は荷台の端から、ガードロープを引っ張り出した。一メートルほどに切って、端にワイヤー止めの鉄の塊が付いてるやつだ。工場で作った、ただの鉄の縄。訓練用に何本か作っておいたものの一本だった。
「……加減しなくていいのって、久しぶりだな」
一本目を振り下ろす。
――ドグシャ。
肩から先が、綺麗に千切れて飛んでいった。骨が折れるとかいう音じゃない。もっと湿った、面倒な音がした。
なるほど、これが本気か。
訓練では、ずっと「殺さない振り方」を練習してた。的にしてた鉄板を吹っ飛ばさないように、力を八割方殺して当てる。あれはあれで難しかったけど、今日みたいに全部出していいなら、むしろ簡単だ。
二本目。胴に当てたら、そのまま真ん中から切れた。
「……切れるのか、これ」
自分でちょっと引いた。鉄の縄で人間が切れるって、物理的にどうなんだ。まあ、身体強化かけた腕で振ってるんだから、当たってる速度が普通じゃないんだろうけど。
熊が出る場所で、バラして撒いておく。血の匂いがすれば、あとは向こうが片付けてくれる。本州じゃこうはいかないだろうな。死体の捨て場所に困る土地ってのは、それだけで不便だと思う。
作業しながら、俺はさっきのことを考えていた。
――ありがとう、奏介さん。
あの一言が、まだ耳に残ってる。
考えてみると、俺はこの世界に来てから、名前で呼ばれたことがほとんどなかった。
区役所の窓口では「田所さん」だった。不動産屋では「山田様」だった。ニュークラでは「お客様」で、コンビニでは誰でもない。全部、書類の上の名前か、記号としての呼び名だな。
レイナちゃんだって客としての「奏介さん」だった。
お金落とすなら、「太郎さん」でも「ボブさん」でも、何を名乗っても彼女はそう呼んでくれるだろうな。
だから名前と言うより、俺と言う客の呼び名だと思ってたんだ。
俺がこの世界を選んだ時、光にこう言われた。君だけがいないことで変化してる世界線だ、と。
つまり俺は、ここでは最初からいなかった人間だ。同級生も、元同僚も、親も、誰一人として俺を知らない。それを承知で選んだ。自由と引き換えに、誰にも知られない孤独を買った。
後悔はしてない。今もしてない。
でもな。
「……奏介さん、か」
レイナちゃんは、俺の名前を呼んだ。
たぶん向こうにしてみれば、店に来る客の名前を覚えてただけだ。常連の一人。指名を飛ばして、久しぶりに来て、太めに払っていった、ちょっと変な客。それ以上でもそれ以下でもない。
だけど、あの人は俺を見て、俺だと分かって、俺に向かって言った。
客じゃなく一人の人間として。
この世界で、初めてだった。
自分の輪郭が、ようやく他人の目に映ったような気がした。
ガードロープを振る手が、止まった。
「……くそ」
顔が歪むのが自分でも分かった。
誰も見ていない。熊しかいない山の中で、俺は血だらけの鉄の縄を持ったまま、みっともなく泣いていた。
四十年生きて、一回死んで、異世界を断って、七人だか十人だか殺して、それでも平気な顔をしてきた男が、名前を呼ばれたくらいで泣いてる。
意味が分からん。
けど、止まらないんだから仕方ないだろ。
ひとしきり済んだ後、俺は木にもたれて座り込んだ。
『奏介おじちゃん、泣かないで』
あの子の声を思い出した。
見透かされてたんだよな。ちっこいのに、やたら鋭い。
「……おじちゃんはやめてねー」
誰もいない山の中で、俺は一人で言った。
そして、笑った。
声を出して笑ったのは、この世界に来てから初めてだった。
笑いながら、俺は考えていた。
前に、北斗〇拳の話をしたことがある。誰にでもなく、車の中で一人で。
ラ〇ウは面倒くさい。ト〇みたいに我慢するのも嫌だ。ケン〇ロウは、何も持たずに自己満足してるだけに見える。だからジ〇ギが一番しっくりくる、と。
あれは、今もそんなに間違ってないと思う。
でもな。
ジ〇ギだったら、あの四人を生かしとくか?
生かさないだろ。自分の獲物に手を出されたら、あいつは絶対に許さない。
器が小さくて、粘着質で、自分本位で。
だからこそ、自分のものには手を出させない。
そう考えると、俺がジ〇ギを好きなのって、別に悪党だからじゃないんだよな。
あいつは一度も「世界のため」とか言わない。
全部自分のためにやってる。その一貫性が気持ちいいんだ。
俺もそれでいいんじゃないか。
正義とかどうでもいい。
世界を救う気もないし、この国がどうなろうと知ったことじゃない。人権団体が何を言おうと、知事が何をしようと、避難民が何人来ようと、全部他人事だ。
ただ。
ムカつく奴は殺す。 気に入った奴は助ける。
それだけでいい。それだけを基準にする。
今まで俺は、目立たないように我慢して、腹の底に何かを溜め込んで生きてきた。あの声にビビって以来、ずっとだ。
でも、さっき四人ぶっ殺したら、笑えるくらい楽になった。
多少目立ってもいい。どうせ戸籍はいくらでも作れるし、金も無尽蔵だし、身体は化け物だし、山はいくらでも受け皿になる。そもそも我慢してる方が、俺には向いてないんだよ。
「うん。これで行こう」
俺は立ち上がって、汚れたガードロープを草で拭った。
血の匂いが漂ってる。そのうち熊が来るだろ。
車に戻って、エンジンをかけた。
そういや、あの子の名前、聞いてなかったよ。
まあいい。またお店に行くって言ったんだから、その時に聞けばいいよな。
俺は、車中で『愛をと〇もどせ!!』を熱唱しながら山を降りた。




