第14話:お兄ちゃんたち、眠たいんだって
最近、俺はやたらと我慢していた。
拠点の周りを、見慣れない車がうろつくようになった。ナンバーは本州のやつだ。何度か見かけたが、その度に俺は物陰でやり過ごした。
工場の裏手のフェンスが切られていたこともあった。中に入られた形跡はなかったから、下見か、あるいは面倒になって諦めたか。俺は黙って直した。
スーパーの駐車場で、買ったばかりの荷物を持っていかれかけたこともある。追いかければ余裕で追いつけたけど、やめた。目立つからだ。
正しい判断だと思う。今の俺は、あの声にビビって以来、目立つことを極端に嫌ってる。データ改ざんで作った戸籍がある以上、警察沙汰は避けたい。訓練だって、いざという時に困らないためであって、街で暴れるためじゃない。
でもな。
――なんで俺が我慢するんだよ。
腹の底に、そういうものが少しずつ溜まってきてるのも、正直なところだった。
その日も、工場から拠点に戻る途中だった。
石山通り沿いのコンビニ。駐車場に、白いワンボックスが妙な角度で停まってるのが見えた。ドアが全開で、周りに男が四人。
一人が女の腕を掴んでいる。もう一人が車の中を指差して、何か言っている。女が首を振っている。
周りに人はいた。結構いた。車の中から見てる奴、遠巻きにスマホを構えてる奴、見なかったことにして店に入っていく奴。誰も動かない。
警察は、たぶん誰かが呼んでる。でも来ない。今の道警は避難民絡みの案件で手一杯で、この程度じゃ即応部隊は出ない。みんなそれを知ってるから、動かない。
「チッ」
俺はアクセルを緩めながら舌打ちした。
関わる気はなかった。厄介事の匂いを嗅いだら即撤退。俺の判断基準は、この世界に来てから一度も変えていない。
そのまま通り過ぎようとして――女の顔が、こっちを向いた。
レイナちゃんだった。
俺はブレーキを踏んでいた。
考える前に、身体が動いていた。
ランクルを降りて、ドアも閉めずに歩く。距離はざっと十五メートル。男たちは俺に気づいていない。
一番手前にいた男が、レイナちゃんの腕を引っ張って車に押し込もうとしている。
俺は、その男の脇腹を蹴った。
――ドン。
鈍い音がして、男が二メートルほど吹っ飛んで、アスファルトに転がった。ピクリとも動かない。
「……あ」
やっちまった。手加減を忘れてた。
身体強化をかけたまま、安全靴で全力。訓練で散々やってた「加減する」のを、完全に飛ばした。たぶん心臓が潰れてる。
まあ、見た目は気絶してるようにしか見えないからセーフだな。うん。
「は? てめえ何――」
残りの三人が振り向く。俺はもう次に動いていた。
二人目の脛を蹴る。今度は加減した。骨が折れる感触だけ残して、男が崩れ落ちる。
「ぎゃあああ! 足、足が!」
「あー、痛がるね」
俺は男を見下ろして言った。
「痛覚あるなら人間かもしれないな。でも念のため確認しないと」
三人目が殴りかかってきたので、同じように脛を蹴った。同じ音がして、同じように崩れる。四人目は逃げようとしたので、背中側から膝の裏を蹴った。
三人が地面に転がって喚いている。
「うるさいな」
俺はランクルの荷台から、透明のゴミ袋とガムテープを取り出した。工場で使ってるやつだ。こういう時、車に積んでおくと便利だぞ。
一人目の頭から袋を被せて、首の周りをテープで巻く。
「ゾンビだったら困るからな。一応、手順通りにやらないと」
政府が言ってたろ。無害化措置。袋で気道を塞げば活動を停止する。全部テレビで公表されてる、正式な手順だ。
巻きながら、少しだけ手首を捻る。
――ゴキ。
袋の中で、首が変な方向を向いた。
「あ、静かになった」
二人目も同じようにやる。三人目も。
「や、やめ、俺ら人間、人間だから」 「いや、さっきまで痛がってたのは認めるけどさ。今静かになってるだろ? 判定が難しいんだよ」
――ゴキ。
三分もかからなかった。
振り返ると、レイナちゃんが座り込んでいた。
その隣に、小さい女の子がしがみついている。三歳くらいだろうか。大きな目で、俺の方をじっと見ていた。
「……奏介さん?」
レイナちゃんが、掠れた声で言った。
「ありがとう、奏介さん」
――奏介さん。
その瞬間、なんか、喉の奥がぐっと詰まった。
この世界の誰も、俺を知らない。田荘奏介という人間は、ここには存在しない。それを承知で俺はこの世界を選んだ。自由と引き換えに、誰にも知られない孤独を選んだ。
なのに今、この人は俺の名前を呼んだ。
俺がそこにいることを、ちゃんと分かって呼んだ。
やばい。目の奥が熱い。
「奏介おじちゃん、泣かないで」
女の子が言った。
見透かされていた。さすが女の子、ちっこいのに鋭い。
「泣いてないよー」
俺は袖で顔をこすった。
「お兄ちゃんたち、眠たいんだってー。車に乗せてあげようねー」
そう言いながら、俺は転がってる四人を順番に担いで、ランクル70の荷台に放り込んでいく。一人ずつ、丁寧に、女の子に見えないように積み上げて、上からブルーシートをかけた。
「えー、おやすみー」
女の子が、荷台に向かって手を振った。
周りで見ていた連中の顔が、一斉に引きつった。誰も何も言わない。言えない。
だって俺は、小さな女の子のために「眠たいんだって」と言ってるだけだし、その子は本気で手を振ってるんだから。ここに突っ込める人間がいたら、そいつは相当に無粋だと思う。
レイナちゃんが、何か言おうとして、言葉を探している。
俺はしゃがんで、彼女にだけ聞こえるくらいの声で言った。
「またお店に行くな」
それだけ言って、ランクルに乗り込んだ。
バックミラーの中で、レイナちゃんが娘を抱きしめたまま、こっちを見ていた。




