第13話:なまらこわかったわ
法律ができてから、街の空気が少し変わった。
具体的に何がどう、って言われると困るんだけど、なんというか、みんな遠慮しなくなった。前は「見なかったことにする」が正解だったのが、今は「見つけたら処理する」が正解になったからな。
正解が決まると、人間って動くのが早い。
工場からの帰りに寄ったスーパーの駐車場で、軽トラの荷台にブルーシートをかけてるじいさんを見かけた。中身は、まあ、見なくても分かる。じいさんは特に隠す様子もなく、通りがかりの主婦と立ち話をしていた。
「あら、また出たのかい」 「んだ。裏の畑にいてさ。トラクターで行ったから、そのまま轢かさってな」
轢かさって。
いや、轢いたんだろ。トラクターで。 思わず突っ込みたくなったけど、やめといた。ここは北海道だ。
この「〜さる」ってやつ、道民が使うと妙に便利なんだよな。
自分がやったのに、自分がやった感じがしない。勝手にそうなった、みたいな言い方になる。
ゾンビが近づいてきたから、押ささった。 バール持ってたから、殴らさった。 車乗ってたから、轢かさった。
全部、主語から「やろうと思った」が抜け落ちてる。 警察も、これ言われたら追及しづらいだろうな。実際、そういうことにしといた方が全員楽なんだろうけど。
道内の感染者数は、実は少し落ち着いてきている。
理由は単純で、みんな普通に処理するようになったからだ。訴えられる心配がなくなった途端、道民は元の調子に戻った。もともとこの土地の人間は、熊が出れば撃つし、鹿が出れば轢くし、鮭が上がれば捌く。そういう生活をしてる連中だ。
ゾンビが一匹増えたところで、手順が一個増えるだけなんだよな。
本州じゃまだ議論が続いてるらしい。人権がどうの、手続きがどうの。まあ、あっちは人口密度が違うし、事情もあるんだろう。
でもこっちは、今日も普通に「そこに出たから処理した」で終わる。
その夜、久しぶりに近所の居酒屋に入った。
カウンターの端で、七十くらいのばあちゃんが常連らしき店主相手に喋っている。俺は少し離れた席で、ホッケとビールをやりながら聞くともなしに聞いていた。
「昨日、娘の家に行ったのさ」 「江別かい」 「んだ。したっけゾンビがいたからびっくりして、手袋履いてスコップで殺したんだけどさ」
店主は「あらら」くらいの反応だった。
「死んだゾンビを軽トラに積んで投げに行ったらさ、なまらこわかったわ」
そこで、俺の斜め向かいに座っていた若い男が、露骨にビクッとした。
服装で分かる。最近この辺で増えた、本州から来た連中の一人だ。荷物が多くて、服が土地に合ってなくて、目つきがどこか落ち着かない。
男は青い顔で、ばあちゃんの方をチラチラ見ている。
ああ、通じてないな。
たぶんこの男の頭の中では、ばあちゃんはこう言ったことになってる。
「ゾンビをスコップで殺して、軽トラに積んで、どこかに放り投げてきた。とても恐ろしかった」
違うんだよ。
「手袋履いて」は履くんだ、こっちでは。手袋は嵌めるもんじゃない、履くもんだ。
「投げに行った」は捨てに行ったってこと。放り投げてはいない、たぶん。
そんで「こわかった」は、恐ろしいじゃなくて、疲れた、だ。
つまり正しくは、こうなる。
「手袋をして、スコップで処理して、軽トラに積んで、捨てに行ってきた。めちゃくちゃ疲れた」
ひとつも怖がってないんだよ、この人は。
ただ、重い物を運んだ愚痴を言ってるだけなんだ。
でも、誰も訂正しない。ばあちゃんも店主も、訂正が必要だなんて思ってない。そもそも隣に本州の若者が座ってることすら、大して意識してない。
若い男は、ビールに口もつけずに勘定を済ませて出ていった。
出ていく時、一度だけばあちゃんの方を振り返っていた。信じられないものを見た、って顔だった。
たぶんあいつは、これから本州の友達か家族にこう報告するんだろうな。
——北海道、やばい。ばあさんが平然とゾンビ殺して捨ててきた話してた。しかも「怖かった」って笑ってた。
いや、笑ってはないんだけどな。愚痴ってただけで。
そもそもあの男、北海道なら安全だと思って来たんだろう。食い物はあるし、人は少ないし、土地は広い。実際その通りではある。
ただ、その「安全」の中身が、たぶん想像してたやつと違ったんだ。
俺はビールを飲み干して、追加を頼む。
正直、通じてなくて正解だと思った。
あの男が本当の意味を知ったところで、たぶん救われない。「怖かった」が「疲れた」に変わるだけで、ばあちゃんがスコップで処理した事実は変わらないんだから。
むしろ怖がってない分、本当はもっと怖い話なのかもしれない。
道民が強いわけじゃないと思う。
ただ、この土地の人間は、山にも海にも冬にも、しょっちゅう命を持っていかれる場所で暮らしてきた。だから「死ぬもの」と「片付けるもの」の距離が、内地より近いんだろうな。
熊が出たら片付ける。雪に埋まったら掘り出す。ゾンビが出たら、まあ、処理する。
それだけの話だ。
そういう意味じゃ、この土地は今回の件に一番向いてたのかもしれない。人が少なくて、土地が広くて、捨てる場所がいくらでもあって、住人が死体に慣れてる。
……冷静に並べると、だいぶ物騒な条件だな。
「大将、ししゃも追加で」 「あいよ」
店主は何事もなかったみたいに、七輪に網を乗せた。
ばあちゃんはまだ喋ってる。今度は孫の受験の話らしい。さっきまでスコップの話をしてたのと、全く同じトーンで。
……いや、やっぱ道民こわいわ。
もちろん、疲れるって意味じゃなくてな。




