第12話:誰がそんな長い名前、覚えるんだよ
考えてみりゃ、俺はここんとこ工場と拠点とマンションを往復してるだけだった。
いや、おかしいだろ。 なんで俺、こんな引きこもりみたいな生活してんの?
戸籍は別人。金は無尽蔵。部屋はススキノの真ん中で、窓の外にはネオンがギラギラしてる。誰も俺のことなんか知らないし、追われてる自覚だってあるけど、それは「田荘奏介」の話であって、今の俺じゃない。
そもそも俺は、緩く生きるためにこの世界を選んだんだよな。 なのに毎日、鉄骨振り回してニュース見て寝るだけって、なんだそれ。修行僧か。
たぶん、あの《声》にビビって以来、どっかで縮こまってたんだろうな。 びびるのは正しい。けど、びびって楽しまないのは間違いだろ。
「……飲みに行くか」
俺は着替えて部屋を出た。
久しぶりのススキノは、思ったより静かだった。
いや、店は開いてる。ネオンも点いてる。でも客引きの兄ちゃんの数が明らかに減ってるし、通りを歩いてる連中の顔つきもどこか強張ってる。あと、明らかに地元の人間じゃない格好の連中がちらほらいる。荷物が多い。あれが避難民ってやつかね。
シャッターの閉まった店も何軒か増えてた。人が減れば夜の店から死ぬ、ってのは前の世界でもよく見た光景だ。
適当な居酒屋に入って、ホッケとビールを頼む。カウンターの上のテレビが、やたら真面目な顔の官房長官を映していた。
「――政府は本日、いわゆる『感染者』と称される存在について、法的な見解を示すとともに、関連する新法を制定いたしました」
お、来たか。 店内の客が、ちょっとだけ静かになる。
「まず、当該存在――政府としては『特定感染性活動体』と呼称いたしますが――これについては、法律上の『生命』には該当しないとの見解を確認いたしました」
長え。 誰がそんな長い名前、覚えるんだよ。
「感染経路につきましては、咬傷によるもの以外は現時点で確認されておらず、空気感染・接触感染等の可能性は認められません」
まあ、そりゃそうだろ。今更だな。
「特定感染性活動体は、水・空気・栄養を摂取できない場合、通常の生物と同様に活動を停止いたします。また、内臓の損傷に対しては活動を継続する一方、筋肉および骨格の破壊に対しては、活動能力が著しく低下いたします。加えて、気道を封鎖し窒息させた場合も、活動停止に至ることが確認されております」
要するに、全部「お前らのやり方で合ってたよ」って話だよな。 袋被せてテープ巻く。脚折って動きを止める。名前も知らんオッサンとか母娘とかが、必死こいて見つけたやつだ。それを国が今頃、ご丁寧に追認してくれてるわけだ。
「今更かよ」
思わず声に出たら、隣のオッサンが「なあ?」って顔で笑ってきた。ビールを一口飲む。ホッケがうまい。
「あわせて、無害化措置を妨害する行為を処罰する『特定感染性活動体等無害化措置妨害罪』を新設いたしました」
……長い。テロップですら「無害化妨害罪」って略してる。 どうせ三日もすりゃ、みんな「ゾンビ法」とか「駆除妨害罪」とか適当に呼ぶんだろ。役所ってなんでこう、誰も使わない名前を大真面目に付けたがるのかね。
「また、無害化措置を行った者に対し、虚偽の申告や誹謗中傷を行った者については、名誉毀損罪・誣告罪の適用にあたり、原則として逮捕・勾留の対象といたします」
おお。 これ、駆除した奴を訴えたり人殺し呼ばわりしてた連中への牽制じゃん。
遅い。遅すぎるわ。 もっと早く言ってりゃ、あの母娘だって「私、殺しちゃったの」なんて顔しなくて済んだんだよ。
会見が終わると、画面はコメンテーターの言い合いに切り替わった。
「これは表現の自由の侵害だ」「いや、現場の市民を守る当然の措置でしょう」――やいのやいのと声がでかい。
どっちの言い分も分かるけどさ、まあ、俺には関係ないわ。 どっちに転んでも俺はジンギスカン食ってビール飲むし、たまに鉄骨振り回すだけだからな。
そう思ってたら、次のニュース速報で思わず箸が止まった。
『◯◯テレビ 放送免許取り消しへ 感染者駆除巡る虚偽報道で』
は? 読んでみると、その局が駆除した市民を「快楽で人を殺した異常者」みたいに仕立てた特集をやったらしい。発言を切り貼りして、笑いながら殺したみたいな字幕まで付けてたんだと。で、総務省がブチ切れて免許取り消し。
「……えげつな」
テレビ局の免許取り消しって、俺のいた世界じゃ聞いたことないぞ。よっぽど酷かったか、よっぽど政府が余裕ないか、どっちかだな。
店内でも「ざまあみろだ」「いや怖いよ」と意見が割れてる。うん、そうだろうな。
結局その後、俺は前に通ってたニュークラ(キャバクラ)にも顔を出した。
レイナちゃんは、まだ働いてた。 「久しぶりじゃないですかー! 指名するって言ってたのに来ないんだもん」と怒られたので、素直に謝って太めに払っておいた。悪いことしたしな。
聞けば、店も大変らしい。客は減るし、出勤できない子も増えたし、変な客も増えた。前は来なかったタイプの、金も払わず暴れるような連中が来るようになったんだと。
「でも、うちらが辞めたら店なくなっちゃうしね」
レイナちゃんはケラケラ笑ってたけど、笑い事じゃないよなあ。
店を出て、夜風にあたりながら思う。
法律作って、テレビ局まで潰して。国が力づくで空気を作りにきてるってことは、もう「そのうち収まる」段階じゃないんだろうな。
まあ、俺には関係ない。
……と思いたいんだけどな。
ネオンはいつも通り明るい。この明るさがいつまで保つのか、そこだけはちょっと分からんかった。




