第11話:撃てば撃つほど、世間は悪くなっていくらしい
南区の奥、山際に潰れかけてた鉄工所を、金と偽造書類でサクッと手に入れた。プレス機の音がうるさい業種だったらしくて、防音も多少はしっかりしてる。多少の銃声くらいなら誰も気にしないだろ、たぶん。
不動産屋には「趣味の工房にする」とだけ伝えたら、深くも聞かれずに契約は済んだ。この街の不動産屋って、なんでこう訳ありに強いんだろうな。ありがたいけど。
……いや待て。
鉄工所。防音完備。山際。誰も来ない。金は無限。体は化け物。
これ、男の夢が全部揃ってないか?
俺は工場の真ん中に立って、しばらく動けなかったね。
四十年生きて、一回死んで、ようやく手に入れたのがこれだよ。
秘密基地の完成形だわ。小学生の俺が見たら泣くぞ。
三沢から頂いてきた銃器を、工場の床にずらっと並べてみる。
「……いや、多すぎだろこれ」
M4だのグロックだの、種類も数も半端ない。
並べてるだけでニヤニヤしてくるわ。
で、意気揚々と一丁手に取ったんだけどさ。
……あれ、安全装置どこ?
銃自体は見たことあるし、映画やゲームでそれなりに詳しいつもりでいたんだよ。前世じゃ「ライトなミリオタ」を自称してたし、フルメタルジャケットも観たし、ゲームで何万発も撃ってる。
なのに現物を前にすると、安全装置の位置ひとつ分からない。
いやおかしいだろ。ゲームだと丸ボタン押したら勝手に撃ってくれてたぞ。あれ全部、画面の中の誰かがやってくれてたってことか。
薬室に弾を送り込むのすら、最初の一回は何を引っ張ればいいのか分からなかったもんな。
恥ずかしい話、俺の知識ってその程度だったわけだ。
ライトなミリオタを自称してた前世の俺、ちょっと殴らせてくれ。
あの頃、掲示板で「あの映画の描写は間違ってる」とか偉そうに書いてなかったか? 間違ってるのはお前だよ。
幸い、今はネットがある。翻訳ツールで軍用マニュアルのPDFをぶち込めば、だいたい読める。
分解して、組み直して、また分解して。
手が覚えるまで何度もやる。
これがまた楽しいんだよな。
プラモ作ってる時の感覚に近い。バラして磨いて組んで、また調子見て。
気づいたら夜になってて、飯食うの忘れてたりする。
いい歳して何やってんだと思うけど、誰も見てないからセーフ。
初めての試射は、拍子抜けするくらいだった。
反動がほとんど感じられない。身体強化のおかげで、腕も肩も微動だにしない。
むしろ問題は逆で、力加減を人間基準でやると、銃身がピクリとも動かないもんだから、狙いすぎて次弾の反動を待たずに連射してしまったりする。
加減を覚えるのに、むしろ苦労したわ。
でもさ。
的の真ん中を撃ち抜いた時、俺は絶対、銃口の煙を吹いてる。
誰もいない工場で。フー、って。
やった後に我に返って「いや誰も見てねえし」って自分に言い訳するまでがセットな。
分かってるんだよ、今の煙、実は出てないし。映画の演出だし。
でもやるんだよ。だってやりたかったんだもん。
――道内で避難民、自治体に殺到 食料・宿泊支援求め混乱広がる
スマホのニュースアプリを開くたびに、見出しがどんどん剣呑になっていく。
休憩がてら眺めてるだけなんだけどな。浮かれてる最中に水差されるわ。
バールと鉄パイプで、素振りの練習もやってみる。
魔法に頼らず、素の身体でどこまでやれるか確かめておきたかったんだよ。
とはいえ「素」って言っても、中身は身体強化盛り盛りの十八歳。見た目こそ三十過ぎだけど、細マッチョの化け物じみた身体だ。
鉄パイプなんて振るとブンと風切り音がして、コンクリブロックが粉々になる。
工場の隅に転がってた、係留用のガードロープ――太さ的にワイヤーロープというより、もはや鉄の縄みたいなやつを、アンカーごと引っこ抜いて振り回してみたら、これが存外いい得物になった。四本くらい纏めて片手で振り回しても、まるで重さを感じない。
試しに裏の林で、太めの木に叩きつけてみた。
――バキィ。
倒れた。一発で。
「……」
俺は倒れた木を眺めながら、ガードロープを肩に担いで、ゆっくり振り返った。
誰もいない。
当たり前だ。山だぞ。
でもやるんだよ。振り返るんだよ。
爆発から歩いて離れる時に後ろ見ないアレと同じで、これはもう男の本能だと思う。理屈じゃない。
転がってた鉄骨も、軽く振ってみたら唸りを上げて空気を切り裂いた。
これ、加減間違えたら普通に人が真っ二つになるやつだな。
……ん?
待てよ。振れるのか、これ。
Hの鉄骨をそのまま振り回せるなら、これ、形を整えたら剣になるんじゃないか?
思いついたら止まらなかった。
工場にはプラズマ切断機も溶接機も揃ってる。前の持ち主に感謝だわ。
動画サイトで使い方を漁りながら、鉄板を切り出して、貼り合わせて、削って。
三日かかった。
出来上がったのは、全長二メートル近い、鉄の塊みたいな剣だった。
刃は付いてない。というか、この重さで殴る時点で刃は要らない。
……これ、完全にアレだよな。
黒い剣士が背負ってるやつ。
狙ってない、狙ってないぞ? 鉄骨から作ったら自然とこうなっただけだからな。
持ち上げてみる。軽い。
振ってみる。ヒュンって鳴った。二メートルの鉄塊が。
裏の林でもう一回試してみたら、太い木が二本まとめて持ってかれた。
「……ヒグマ来ても一発だなこれ」
声に出して言ってから、思わず笑った。
四十のオッサンが、山奥で巨大な剣振り回して笑ってる。絵面が地獄すぎる。
でも楽しいんだから仕方ないだろ。
調子に乗った俺は、その勢いで他のものも作り始める。
バイク用のプロテクターを分解して、鉄板を仕込んで組み直す。
革ジャンの内側に、細かく切った鉄板を縫い付けていく。
ヘルメットには鉄筋を溶接して、角みたいに突き出してみた。
……いや、うん。
機能的には意味があるんだよ。防刃だし、対衝撃だし。
でも、鏡の前で着てみて、しばらく固まった。
完全に世紀末だわ。
ヒャッハーする側の格好だわ、これ。
いや分かってた。作ってる最中から薄々分かってた。
採寸してる時とか、角の角度を三回くらい調整してる時とか、「俺、今何を真剣にやってんだ」って何度も思ったもん。
でも手が止まらなかったんだよ。
だって楽しいんだもん。誰にも文句言われないし。
問題は、これをどうするかだな。
工場に置いといたら、万が一誰か入ってきた時に見られる。
言い訳できない。「趣味の工房」の趣味の方向性が終わってるのがバレる。
というわけで、収納の奥に突っ込んだ。
誰にも見えない。誰にも見せない。
でも捨てない。絶対捨てない。
剣の方は、まあ、いざとなったら「武器です」で通せるからいい。
でも防具は駄目だ。あれは完全に趣味だもん。趣味で角付けてるもん。
――「農業手伝ってくれると思ったのに」 受け入れ自治体、避難民の一部と摩擦
農業手伝わないのに飯だけ食う、ってのは、そりゃ角も立つわな。
角と言えば俺のヘルメットも……いや、この話はもういい。
射撃の感覚が掴めてくると、案外楽しくなってくる自分がいた。
反動を気にしなくていい分、狙いと呼吸のタイミングだけに集中できる。
限界を気にしなくていいって、こんなに気楽なんだな。
前世でもゲームでこの手の感覚は好きだったし、意外と向いてるのかもしれん。
近接武器の方も、大分「加減」が板についてきた。
ガードロープの束を振っても、狙った通りの威力に抑えられるようになったし、鉄骨を軽く振るくらいなら、力を八割方殺して当てられる。
銃の分解と組み立ても、目を瞑ってても行けそうなくらいには身体が覚えた。
正直に言うとな。
練習の中身は、「強くなる」ことより「加減を覚える」ことの方が大きかったんだよ。
強化魔法使うと、人間だった頃の常識がまるで通用しない。
力を込めすぎず、狙った威力だけを出す。その感覚を身体に叩き込み直す作業だ。
つまり俺がやってたのは、強くなる訓練じゃなくて、壊しすぎない訓練だな。
そう考えるとちょっと情けないけど、まあ仕方ない。
――道警、人員不足深刻化 避難民絡みの事件対応に追われる
――知事、自衛隊出動要請を否定「道民感情に配慮」
は。道民感情ねえ。
治安が崩れかけてる時に配慮すべきは、たぶんそっちじゃないと思うんだけどな。
まあ、これも俺には関係ない――と思いたいんだけど。
そんなある日、SNSでこんな投稿を見た。
――「ゾンビを駆除した市民、遺族から損害賠償請求される」
は?
思わず声が出たわ。
記事を読むと、身内がゾンビ化した男性を、近所の人間が対処法に従って処理したところ、「まだ人間だったかもしれない」「遺体損壊だ」という理由で、遺族側が民事で訴えたらしい。一部の政党や人権団体が、その動きを後押ししてるとも書いてある。
助けた側が裁かれるとか、狂ってんな。
これじゃ、誰も進んで対処しなくなるだろ。
前にニュースで見た、袋とテープで必死に生き延びようとしてた母子みたいな連中だって、下手すりゃ訴えられる世の中になってるってことだ。
案の定、コメント欄には「もう見なかったことにする」「関わらないのが一番」って声が増えてきてる。
そりゃそうなるよな。俺だって、訴えられるリスク背負ってまで、見ず知らずの誰かを助ける義理はないもん。
――道内感染者、先月比で増加傾向 専門家「対処の停滞が要因か」
なるほどね。対処されなくなったゾンビが、そのまま増え続けてるってわけだ。
工場の床に座り込んで、俺は積み上がったニュースの見出しを眺める。
さっきまで、剣振り回して笑ってたんだけどな。
撃てば撃つほど腕は上がっていくのに、画面の向こうの世間は、撃つほどに悪くなっていくみたいだわ。
「……そろそろ、この街も長くないかもな」
そう独り言ちて、俺はまた銃を分解し始める。
腕を上げておいて、損はないだろうからな。
……あと、あの角付きヘルメット、もうちょっと角度いじりたいんだよなあ。
いや、実用性の話だからな? 実用性の。




