第五十八部 ブリの骨と文鳥の足音
今回は、魚の骨が喉に刺さったときの、ちょっと笑える思い出と、もう一つの苦い思い出です。
どちらも当時は大変だったけれど、今振り返ると、なぜか忘れられない出来事になっています。
夕飯に煮魚を食べていたとき、突然、喉に魚の骨が刺さった。
「痛い! 魚の骨が刺さった!」
すると母親が、
「ご飯ば飲み込まんね!」
「痛い、取れん!」
「水ば飲まんね!」
「取れん!」
「じゃあ、羊羹ば飲み込まんね!」
「ん? 羊羹……?」
なぜ魚の骨に羊羹なのか、今でもよく分からない。
もちろん、羊羹を飲み込んでも骨は取れなかった。
「取れん!」
「じゃあ、病院に行くよ!」
「でも、もう病院閉まっとるよ」
「よかけん、行くよ!」
喉が痛いので、仕方なく母親と病院へ向かった。
案の定、耳鼻科はもう閉まっていた。
ところが母親は諦めない。
裏口の戸を開け、事情を説明している。
中に入ると、昼間は座る所もないくらい人で溢れかえっていた待合室は、ひっそりと静まりかえっていた。
診察室で椅子に座ると、先生が出てきて、
「口開けて」
言われるまま口を開けると、
「はい! 取れたよ」
あまりにも簡単に取れてしまった。
そして先生は、取れた骨を見ながら言った。
「よくこんな長いブリの骨が刺さったね。記念に持って帰る?」
私は当時、23歳。
もう子どもでもない。
そんなお年頃の私に、
「ブリの骨が喉に刺さって病院に来ました」
なんて、恥ずかしすぎる。
しかも、その骨を記念に持って帰るなんて……。
「……いりません」
小さな声で答えると、私は逃げるように病院を後にした。
今思えば、先生は冗談半分で言ったのだろう。
そして、もう一つの苦い思い出がある。
昔、子どもの頃に文鳥を飼っていた話を書いた。
私の不注意で、その小さな命を死なせてしまった。
大人になって私はリベンジのつもりで、また文鳥の雛を買った。
小さな体に、まだ頼りない足。
最初はヨチヨチしていた雛が、少しずつ大きくなっていった。
やがて、自分でトコトコ歩けるようになると、私が部屋の中を歩くたびに、後ろから付いてくる。
トコトコ、トコトコ。
振り返ると、必死についてくる姿が何とも可愛い。
私はすっかりその雛に夢中になっていた。
これなら今度こそ大丈夫。
そう思っていた。
ところが、ある日のこと。
私はキッチンに立っていた。
何かをしようと、一歩後ろへ下がった。
その瞬間――
足の裏に、何とも言えない柔らかい感触があった。
「ん?」
一瞬、嫌な予感がした。
恐る恐る足元を見る。
そこには、さっきまで私の後ろをトコトコ付いてきていた文鳥の雛がいた。
動かない。
「えっ……」
頭の中が真っ白になった。
また私は、文鳥を踏んでしまった。
子どもの頃にも一度。
そして大人になって、もう一度。
私は二度も文鳥を踏んで死なせてしまったのだ。
可愛くて、いつも後ろから付いてきていたのに。
それ以来、私は鳥を飼うのをやめた。
いや、もう二度と飼わない。
今でも、足で踏んだ感触が忘れられない。
私と文鳥の相性は、どうやら最悪だったらしい。
あの頃の失敗やハプニングは、どれも冷や汗ものだったけれど――
今となっては、どれもこれも懐かしい思い出だ。
魚の骨に羊羹。
今考えても、なぜ母が羊羹を勧めたのかは謎です。
そして文鳥のことは、今でも思い出すと胸が痛みます。
あの頃は、失敗するたびに「もう二度とこんなことはしない」と思っていたけれど、そんな失敗やハプニングも、今では大切な思い出の一つになりました。




