第五十二部 夜行列車で東京へ
友達と「夜行列車に乗ったことがない」という話になり、思い切って東京へ行くことにした。
初めての夜行列車、弟のアパート、銭湯、テレビ局、東京観光……。
いろいろあったけれど、何十年経っても一番鮮明に覚えているのは、東京タワーでも原宿でもなく、弟の格好だった。
私が福岡にいた頃、弟は東京で一人暮らしをしていた。
ある日、友達と「夜行列車に乗ったことがない」という話になった。
「じゃあ、2人で乗ってみよう!」
ということになり、東京へ行くことにした。
行きは友達と2人で夜行列車。
私は東京にいる弟のところへ行くことにした。
博多駅に集合し、お弁当や飲み物を買って、ワクワクしながら寝台特急へ乗り込んだ。
友達はビール、私はお茶。
それでも、なんだか盛り上がる。
しばらくすると、乗務員さんが来て、座席をベッドに変えてくれた。
私は一番上のベッド。
カーテン一枚で仕切られていた。
駅に着くたびに目が覚める。
窓のカーテンを少し開けて、
「ここはどこだろう?」
と、毎回ホームの看板を探した。
朝早くに目が覚め、歯を磨いて顔を洗って戻ってくると、座席は元に戻されていた。
やがて東京駅に到着。
弟が迎えに来てくれていたので、友達に別れを告げ、弟とタクシーに乗った。
そのタクシーの運転手さんが、忘れられない人だった。
東北出身の人で、
「私は東京に住んで長いんですよ。すっかり標準語になってしまって、もう東北訛りも出ないですよ」
と言った。
……その言葉が、完全に東北訛りだった。
笑いを堪えるのに必死だった。
弟のアパートに着くと、やっぱりお風呂がない。
そこで、近所の銭湯に行くことになった。
冬だったので、先に銭湯を出た弟は、すっかり冷え切っていた。
その姿を見た瞬間、頭の中にかぐや姫の『神田川』が流れ始めた。
歩いてアパートへ帰る道には、うっすら雪が積もっている。
話すたびに白い息が出て、まるで『神田川』の世界にいるようだった。
残念なことに、横を見ると弟だった。
次の日、弟の仕事について行くと、なんとテレビ局へ行った。
急にミーハーになった私は、芸能人を探した。
「誰かいないかな?」
とキョロキョロしたけれど――
……誰もいなかった。
その次の日は、1人で電車に乗って出かけた。
ところが、帰り道が分からなくなり、かなり迷って遅くなってしまった。
そして次の日、弟と東京タワーや原宿を観光した。
でも、東京の観光地よりも、私の記憶に強烈に残っているものがある。
弟のファッションだ。
床に着きそうなくらい長い黒のロングコート。
先の尖ったピカピカの靴。
そして髪は、軽めのリーゼント。
「うわーっ! こいつと並んで歩きたくない……」
心の中で、そう思った。
東京に住んでいる弟は、すっかり東京人になったつもりだったのかもしれない。
今思い出しても、東京タワーより原宿より、あの格好の弟のほうが鮮明に思い出せる。
あの格好を思い出すたび、今でも笑ってしまう。
夜行列車に乗って東京へ行ったことも、銭湯で神田川の世界を味わったことも、テレビ局に行ったことも、今となっては懐かしい思い出。
でも、一番覚えているのは弟の服装。
東京タワーよりも原宿よりも、弟のロングコートと尖った靴。
姉の記憶って、そんなもんです。




