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第四十四部 福岡の昭和53年の大渇水

昭和53年、福岡市を大渇水が襲った。

水が出る時間は限られ、毎日が水との戦い。

そんな中、私たちが「お風呂に入れない!」と駆け込んだ、意外な場所があった。

今思い出しても、あれは本当に不思議な出来事だった。


姉の引っ越しを機に、私は兄と博多駅の近くにアパートを借りて住む事にした。

昭和53年、福岡市は大渇水となった。

一日のうち、限られた時間しか水が出ない。

私たちは大きなポリバケツを買い、水の出る時間になると慌てて水をためた。

会社や店舗の水洗トイレには、バケツと柄杓が置いてあり、自分で流さなければならなかった。


アパートにはお風呂がなかったので、頼みの綱は近くの銭湯。

ところが、その銭湯も水の出る時間しか営業していなかった。

仕事が終わると、「お風呂に入れない」という危機感で、バタバタと一目散に帰ったものだった。


ある日、仕事が長引き、銭湯の営業時間に間に合わなくなってしまった。

友達が言った。

「ラブホなら、お風呂だけ入れるらしいよ。」

「えっ、女2人でも大丈夫?」

「行ってみる?」

半信半疑で行ってみると、何事もなく入ることができた。

お風呂でさっぱりして外へ出ると、友達と顔を見合わせて大笑い。

「こんな使い方する人、おるんやろうか?」

と言いながら、2人でアパートまで笑い転げて帰った。

あの頃は、よく夜中に大きな笑い声で帰っていたけど、一度も怒られた事は無かった。

今でも不思議なのは、あれほどの渇水だったのに、なぜラブホテルだけはお風呂に入れたこと。大きな貯水槽でもあったのだろうか。今でも答えは分からない。


今では蛇口をひねれば、いつでも当たり前のように水が出る。

でも、昭和53年の福岡では、その「当たり前」が何よりありがたいものだった。

あの渇水を経験したからこそ、水の大切さは今でも忘れられない。


水が当たり前に出る今では、なかなか想像できない昭和53年の大渇水。

大変だったけど、今となっては友達と笑い合った、懐かしい思い出です。

そして今でも、あの時なぜお風呂に入れたのか…

謎のままです。

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