第三十七部 寒さが勝った初日の出
高校生の頃、兄と一緒に大阪へ行った。
初めてのフェリー、兄が買ってくれたロングブーツとロングコート。
今でも覚えている、楽しかった年末の旅。
ただ、その旅には「大阪の女性は怖い」と思った、忘れられない出来事もあった。
私が高校生の頃、姉が赤ちゃんを連れて年末に実家へ帰るというので、兄が車で大阪まで迎えに行くことになった。
すると兄が、
「一緒に行くか?」
と声をかけてくれた。
もちろん返事は一つ。
「行くー!」
私は大喜びだった。
夜、小倉からフェリーに乗ると、船内には大部屋と個室があった。
兄は個室を取ってくれていて、それが子どもの私には衝撃だった。
「えっ、船の中なのにホテルみたい!」
ベッドがあり、部屋でゆっくりくつろげる。
初めてのフェリーは、想像以上に快適だった。
神戸に着いてから大阪へ向かい、姉の家で姉と赤ちゃんを乗せて帰る途中、兄がロングブーツとロングコートを買ってくれた。
当時は、それが本当にうれしかった。
すっかり大人になったような気分だった。
ところが、買い物の帰り道でふと前を見ると、パンツにスカートの裾を挟んで、パンツが丸見えのお姉さんが歩いていた。
私は慌てて駆け寄り、
「パンツが見えてますよ」
と、親切心から声をかけた。
すると、そのお姉さんはものすごく怖い顔で私を睨みつけ、怒った。
「大阪の女性って、怖い…」
その時の私は、本気でそう思った。
「親切に教えてあげたのに…」
それ以来、もう人に教えるのはやめようと思った。
その後、いつだったかは思い出せないが、トイレから出てきた女性のスカートからトイレットペーパーが出ていたことがあった。
もちろん、その時は…
何も言えなかった。
みんなで帰りのフェリーに乗り込んだ。
帰りは、年末の夜の出航だった。
しばらくすると、
「まもなく、初日の出をご覧いただけます」
というアナウンスが流れた。
「初日の出!」
私は慌てて屋上デッキへ飛び出した。
冷たい風が容赦なく吹きつけてくる。
フェリーは大きな橋の下をくぐっていく。
「寒っ!!」
あまりの寒さに耐えきれず、私は逃げるように部屋へ戻った。
ところが。
橋をくぐったことも、凍えるほど寒かったことも覚えている。
なのに、一番大事な初日の出だけは、まったく記憶にない。
結局、見たのか、見ていないのか。
七十年生きてきた今でも、それだけは思い出せない。
せっかくの初日の出より、寒さのほうが私の記憶に勝ってしまったようだ。
そして、初日の出を見たのかどうかは、今でも謎のままです。
昔は小倉から神戸行きのフェリーが出ていたけれど、今は新門司港に変わったみたいです。
そんな昔のことも、あの冷たい風と一緒にふと思い出す。




