第三十四部 あの大きな手
高校野球の季節になると、ふと思い出す出来事があります。
まだ9歳だった私は、何がそんなにすごいのかも分からないまま、大勢の人に混じってパレードを見ていました。
今になって思えば、あの日は大牟田にとって、とても特別な一日だったのです。
あの日、私の小さな手を握ってくれた、野球選手の大きな手。
何十年経っても、その感触だけは忘れていません。
高校野球の季節になると、今でも思い出すことがある。
私が9歳の頃だった。
その年、三池工業高校が甲子園に初出場し、初優勝を果たした。
その優勝を祝うパレードがあった。
私は姉の友達に連れられて、パレードを見に行った。
沿道には人が溢れかえっていた。
大人たちはみんな興奮していて、道路の向こうを見ながら、
「来た、来た!」
と声を上げている。
私は何がそんなにすごいのか、よく分からないまま、人を掻き分け掻き分け1番前まで行って道路を見ていた。
すると、オープンカーがゆっくりと近づいてきた。
車の周りには人がいっぱいで、みんな手を伸ばしている。
どうやら握手をしているらしい。
私も何だか分からないまま、みんなに合わせて手を出した。
すると、オープンカーから、日に焼けたユニホーム姿のお兄さんが身を乗り出すようにして、私の手を握ってくれた。
優しい顔だった。
そして、その手が大きかった。
豆ができて固くなったような、ゴツゴツした手。
9歳の私は、その大きな手で握手してもらったことが、なんだかとても嬉しかった。
「野球選手って、こんな手をしているんだ」
そんなことを思ったのかもしれない。
あの日の人混みと、オープンカーと、日に焼けた優しい顔。
そして、私の小さな手を包んだ、あの大きな手の感触だけは、なぜか覚えている。
大人になってから知った。
あの日のパレードは、小倉駅から大牟田まで約150キロを赤いオープンカーで走る、前代未聞の優勝パレードだったらしい。
沿道には、当時の大牟田市の人口20万人を優に超える、30万人もの人が詰めかけたという。
そんな大きな出来事だったとは、9歳の私は知る由もなかった。
ただ、オープンカーから伸びてきた大きな手と握手できたことが、嬉しかった。
高校野球を見るたびに、今でも思い出す。
あの日、私が握手した、あの大きな手を。
大人になってから知った、あの日のパレードの凄さ。
でも、9歳の私が覚えているのは、ただひとつ。
あの日、握手した大きな手。
子供の頃の記憶って不思議なものですね。




