第二十四部 赤ちゃんを見においで
昭和の頃、お産は今よりずっと命がけでした。
子どもの私は、その現実をまだ理解できずにいました。
これは、今でも忘れられない、小さな胸に刻まれた悲しい思い出です。
私には、今でも忘れられない悲しい思い出がある。
小学生の頃、姉がベビーシッターのアルバイトをしていた。
勤め先は歯医者さんで、私はたまに姉について遊びに行っていた。
受付だったのか看護師さんだったのかは覚えていない。
でも、その人はいつも優しく遊んでくれた。
ある日、お宅へ遊びに行くと、大きな結納の飾りが飾ってあった。
「結婚したんだよ」と教えてもらった。
それからしばらくして会うと、お腹が大きくなっていた。
「もうすぐ赤ちゃんが産まれるの。産まれたら見においでね」
そう言って、にこにこと笑っていた。
私は約束どおり、赤ちゃんを見に行った。
けれど、その人の姿はなかった。
赤ちゃんだけがいて、お仏壇には遺影が飾られていた。
「お産で亡くなったんだよ」
大人がそう教えてくれた。
あの日の私は、その言葉の意味をどこまで理解できていたのだろう。
ただ、もう二度とあの優しい笑顔には会えないのだということだけは、小さな胸にも痛いほど伝わってきた。
その後、どうやって家に帰ったのか。
何を話したのか。
そこから先の記憶だけは、今でもぽっかりと抜け落ちている。
あの優しい笑顔は、今でもはっきり覚えています。
あの日、初めて「命が生まれる喜び」と「命を失う悲しみ」が、隣り合わせにあることを知りました。
子どもの頃の記憶は薄れても、この出来事だけは、いつまでも心の中に残っています。




