第二十三部 初市の翌朝は宝探し
春になると開かれていた「初市」。
露店が並ぶ賑やかなお祭りも楽しみでしたが、私たち子どもには、実はもう一つのお楽しみがありました。
昭和の子どもたちなら、「あったあった!」と思い出していただけるかもしれません。
私が通っていた小学校の近くでは、春の訪れを告げる「初市」が、一年に一度だけ開かれていた。
初市が来ると、「ああ、やっと春が来たなぁ」と、子ども心にも胸が弾んだものだ。
今は規模も小さくなってしまったけれど、私にとってはあの頃の思い出がぎっしりと詰まった、今でも特別な市である。
私の小学生の頃は、広い範囲にわたって、何軒もの露店がずらりと並んでいた。
昔は、「今では考えられないような、少し怖くて怪しげな見せもの小屋」というものもあって、子どもだった私には、怪しげな絵が描かれた看板を見るだけで強烈な衝撃を受けるほどだった。
威勢のいい、しゃがれ声の口上が響く。あれはバナナの叩き売りだったろうか、それともガマの油売りだったろうか
初市が開催される日になると、私たちはいつもと通学路を変更し、まだ店も開いていない朝の静かな通りを、わくわくした胸の鼓動を抑えながら歩いて学校へ向かった。
当時は初市といえば『半ドン』と呼ばれる午前中だけの授業。お昼にはもう学校が終わる。
学校が終わると友達と一緒に、帰り道もわざわざ遠回りして初市の中を通り抜けながら帰っていた。
色とりどりの風船や珍しい玩具がずらりと並び、香ばしいベビーカステラの甘い香りや、威勢のいい露店の人たちの掛け声が飛び交う。その中を歩くだけで、胸が弾んだ。
けれど、私たちが本当に楽しみにしていたのは、実はお祭りの最中だけではなかった。
翌朝になると、お祭りの名残なのか、露店の人たちがうっかり落としていったのか、
側溝の小さなコンクリートの穴から10円玉がキラリと光って見えることがあったのだ。
私たちは、その“宝物”をいち早く見つけるために、いつもよりずっと早めに家を出た。
「あった!」
誰かがそう叫ぶと、みんなが一斉に側溝の縁にしゃがみ込む。
近くに落ちていた小枝を突っ込んだり、器用に針金を曲げて引っ掛け棒を作ったりしながら、
「そっちから押してみろよ!」
「いや、こっちから引っ掛けた方がいいって!」
子どもたちは頭を突き合わせ、真剣そのもので知恵を出し合った。
もう少しで指が届きそうなのに、どうしても届かない。
苦労の末にやっとの思いで取れる時もあれば、あと少しのところでスルリと落ちてしまい、悔しい思いで諦める時もあった。
それでも、まるで本当の宝探しをしているかのようで、たまらなく楽しかった。
みんなで知恵を絞り、取れそうで取れない10円玉をめがけて夢中になっていたあの時間。
たったの10円。
でも、あの頃の私たちにとっては、それは間違いなく立派な宝物だった。
賑やかなお祭りの翌朝、ひっそりとした通りで側溝をのぞき込む。
あの頃は、何気ない毎日が、宝物のように輝いていた。
今の子どもたちにとって10円は、あまり特別なお金ではないかもしれません。
でも、昭和の子どもだった私たちには、その10円を取るまでの時間こそが宝物でした。
友達と知恵を出し合い、笑い合い、夢中になっていたあの時間は、お金では買えない思い出です。
皆さんの町にも、春になるとワクワクした「市」や「縁日」はありましたか?




