第二十一部 忘れ物は全力疾走
昔は忘れ物をすると、先生から「家に帰って取ってきなさい」と言われるのが当たり前でした。
今ではちょっと考えられない、昭和の学校での出来事です。
昔は学校で忘れ物をすると、決まって先生にこう言われた。
「家に帰って、自分で取ってきなさい!」
今のご時世なら、学校から保護者に連絡がいったり、友達にノートを借りたりしてスマートに済ませるのだろうが、あの頃はまったく違った。
先生にそう命じられるやいなや、私は教室を飛び出し、家まで片道20分の道のりを、ひたすら全力で走る。
「早く戻らないと、次の授業が始まってしまう!」
そんな焦りだけを胸に、無我夢中で走っていると……。
途中の民家の前を通りかかったまさにその瞬間、門の隙間から大きな犬がすごい勢いで飛び出してきた。
「わっ!」
と思った次の瞬間、ガブリッ!
よりにもよって、私の足を鋭い牙が捉えた。
あの頃はまだ犬の放し飼いも多く、子どもが犬に噛まれたという話も、周りでたまに聞くような珍しくない出来事だった。
泣き出したいほど激しい痛みが走ったが、それでも立ち止まるわけにはいかない。痛みをこらえて家まで走り切り、親から忘れ物を受け取ると、再び息を切らせて学校へと引き返した。
ようやく学校に戻り、教室の先生に事情を恐る恐る話すと、すぐに保健室へと連れて行かれた。
白い白衣を着た先生だったのか、それともお馴染みの保健室の先生だったのか、当時の記憶はもう曖昧だ。
ただ、手当ての時に傷口へ塗られた、あの薬のことだけは今でもはっきり覚えている。
今ではすっかり見かけなくなった、あの真っ赤な「赤チン」だ。
見ているだけでもいかにも痛そうな鮮やかな赤。それが自分の生傷にぬりたくられた時は、痛む足のことも忘れて震え上がった。
忘れ物をしたというだけの理由で、強制的に開催された往復40分の過酷な大運動会。
しかも、その途中で犬に噛まれ、最後は保健室で赤チンのお世話になるとは……。
昭和の小学生は、毎日がちょっとした冒険だった。
今思えば、忘れ物ひとつで大冒険でした。
皆さんも、昭和ならではの学校の思い出があれば、ぜひ教えてください。




