第十七部 滑ったのはスケートだけじゃなかった
遊園地へ行けば、メリーゴーランドや観覧車、子ども向けの乗り物がたくさんあります。
ところが、中学生だった私は、なぜか一番難しい遊びを選んでしまいました。
若さとは、時に「大丈夫!」という根拠のない自信に満ちあふれているものです。
あの日の私は、まさにその典型でした。
中学生の頃、親戚から3歳の男の子の子守りを頼まれた。
その子のお父さんに車で遊園地まで送ってもらい、
「じゃあ、頼むね」
と、入り口で颯爽と見送られる。
当時の私はお姉さん気分ですっかり張り切っていて、「任せといて!」くらいの勢いだったと思う。
ところが、広い遊園地にはメリーゴーランドもあれば観覧車もある。
子どもが喜びそうな楽しい乗り物もいっぱいあるというのに……。
なぜか私が一直線に向かったのは、野外アイススケート場だった。
今考えても、「何でやねん」と自分ツッコミを入れたくなる。
実は私はスケート場にはよく行っていたものの、決して上手なわけではない。
やっとの思いで手すりを離れ、「どうにかこうにか一周できます」というくらいのレベルだった。
そんな状態で、もちろん3歳の男の子にとっては、これが人生生まれて初めてのスケート。
普通なら、
「これは危ないからやめよう」
と踏みとどまるところだが、中学生の私はなぜか違った。
「一緒に滑れば大丈夫!」
……何を根拠にそんな自信を持っていたのだろう。
結果は、言うまでもなく想像どおり。
立っては転び、立っては転びの連続。
私が氷の上で華麗に(あるいは無様に)尻もちをつけば、その子もつられて見事にすってんころり。
まるで仲良くお尻でリンクを一周しているような、大惨事ならぬ大珍事状態だった。
滑っている時間より、転んで起き上がっている時間の方が圧倒的に長かった気がする。
結局、私がその3歳の男の子を楽しませてあげられたのか、それともスケート場に居合わせた人たちに大爆笑を提供しただけなのかは、今となっては分からない。
あの時の3歳の男の子には、本当に申し訳ないことをしたと今でも心の底から思う。
遊園地にはあんなにも楽しい遊びが山ほどあったのに、よりによって、一番難易度の高いスケートを選ぶとは……。
今でも思い出しては、「あの時の私、いったい何を考えてたんだろう」と頭を抱えてしまう。
――氷の上を滑るどころか、私の判断力の方がよっぽど盛大に滑っていた。
今なら間違いなく、3歳の子どもをスケート場へは連れて行きません(笑)。
遊園地には、もっと安全で楽しい遊びが山ほどあったのに、当時の私は「一緒に滑れば何とかなる!」と本気で思っていました。
案の定、何度も仲良く尻もちをつきながら滑ることになり、子守りというより転び方の練習だったような気がします。
あの時の小さな男の子には申し訳なかったけれど、今では思い出すたびに笑ってしまう、昭和ならではのほろ苦い思い出です。




