第十四部 傷だらけの弟
私には、何をやっても怪我ばかりしていた弟がいました。
今思えば、無謀というより「考える前に体が動く」タイプだったのでしょう。
家族はそのたびに大騒ぎでしたが、本人だけはどこ吹く風。
そんな昭和の、ちょっと危なっかしくて笑ってしまう弟のお話です。
私の弟は、少し変わっていた。
とにかく怪我が多い。
何を隠そう、兄に斧で頭を切られた、あの伝説の弟である。
多分、きっと弟はいつでも何も考えていなかったのだろう。
隣の幼馴染の家には、立派な四角い石の門があった。
小学生だった私の背丈ほどもある、なかなかの高さだったと思う。
ある日、弟はその石門めがけて、助走をつけてジャンプし、上に飛び乗るんだと言い出した。
もちろん、当時の小学生の弟にそんな高いジャンプ力があるはずもない。
結果は、見事に撃沈。
スネを石門の角に強打し、血だらけになりながら大泣きして帰って行った。
またある時は、テレビで見た体操選手の真似をして、その場で宙返りに挑戦し、あえなく失敗して腕を骨折。
自転車に乗れるようになったばかりの頃は、私の前をスイスイ走っていたかと思ったら、次の瞬間にはなぜかどんどん道路わきの川へ吸い寄せられ、そのまま自転車ごと姿が消えた。
どうやら、自転車に乗り始めた頃というのは、誰でも一度はどこかに落っこちる運命にあるらしい。
我が家の夏休みのアルバムを開けば、そこには痛々しい証拠がいくつも残っていた。
頭に白い包帯をぐるぐる巻きにした弟。
腕を三角巾でしっかりと吊っている弟。
そんな傷だらけの記念写真が、何枚もページを飾っている。
冬の思い出もある。
スケート場へ行った時、弟は従姉妹から譲ってもらったスピードスケート用の、刃が長くて本格的な靴を履いていた。
まだ誰も滑っていない、氷の整備が終わったばかりのツルツルのリンク。
弟はそこに一番乗りでやってくると、自信満々にドヤ顔で勢いよく滑り出した。
――が、その次の瞬間、華麗に足を滑らせて豪快に大転倒。
あまりのカッコ悪さに、私は思わず「他人のフリ」をして見ないふりをしたものだった。
やがて大人に近づき、弟はバイクの免許を取った。
その頃流行っていた小さな原付バイクにまたがり、友達と一緒に「暴走族の真似」をして町を走るようになったのだ。
ところが、全員が全員、同じような小さな原付バイクにまたがり、なぜか一糸乱れぬ正確さできれいに一列に並んでトコトコと走っている。
本人たちはきっと不良のつもりでカッコつけているのだろうけれど、その一生懸命な姿はどう見ても可愛らしくて、見ているこっちは思わず吹き出してしまった。
弟はいつだって傷だらけだった。
大きな怪我をしても、痛い思いをしても、不思議と「危ないからやめよう」と懲りることだけは、一度もなかった。
無鉄砲で、少しおバカで、でもどこか憎めない――あの傷だらけだった弟の足跡もまた、私の大切な昭和の思い出だ
今なら危険すぎて止められるような遊びばかりでしたが、あの頃の子どもたちは毎日が冒険でした。
擦り傷や切り傷、骨折までしながらも、翌日にはまた新しい遊びを始める。
そんな無鉄砲な弟も、今では立派な大人です。
それでも昔のアルバムを開くと、包帯や三角巾姿の弟が次々と現れ、思わず笑ってしまいます。
あれほど怪我をしても懲りなかった弟は、きっと昭和という時代が育てた、たくましい子どもの一人だったのでしょう。




