第7話 砂糖マシマシ極甘カフェタイム、蜂蜜を添えて——
——何が起こっているんだ……いったい……
混乱する思考を理性で押さえつけ、俺は必死に状況を整理した——
月城さんは言った。『私のメロンソーダ飲んでみて?もちろんストローで』と。
極甘な声で、とろけるみたいなふにゃっとした笑顔付きで。
「えっ……えっと……月城さんのメロンソーダを?」
「うん♡私のメロンソーダ、飲んでみて♡」
「すっ……ストローで?」
「そっ、ストローで♡」
——どうやら聞き間違いじゃないらしい。ってか、その口調は??
月城さんは自分の前にある、まだ手を付けていないメロンソーダフロートと、その横に添えられた未使用のストローをそっと俺の方へ差し出してくる。
意図が分からない。が、月城さんの事だ、なにかあるんだろう。
検証なんだから、やらないわけにはいかない……。
「じゃっ……じゃあお言葉に甘えて……」
「うんっ、飲んで飲んでっ♡……んふふ〜///」
俺は怪しまれないようにメロンソーダに手を伸ばし、包み紙を破ってストローを取り出してそれをグラスに刺してゆく。途中、緊張で手が震えてしまい、淡い緑の液体の中で氷がカランと音を立てた。
その一部始終を月城さんはニッコニコで見守っている。両手で頬杖をつき、自分のほっぺをぷにぷにしながら上目遣いで。
一瞬だけ躊躇いながらも、俺は言い訳みたいに小さく『一口もらうね』と添えストローを口に含むと、甘い炭酸が舌を刺して、喉の奥へ冷たさが落ちる。
「うん、美味しい……」
そう口に出しながら動きをできるだけ自然に見せつつ、グラスを戻した。
「んふ〜〜〜///あ〜〜♡並樹くん私のメロンソーダ飲んだぁ♡じゃあ私もっ♡」
——いやっ、飲めっていったじゃん!?
甘ったるい声と矛盾した発言に、反射でツッコミが喉までせり上がる。が、そんな事どうでも良くなる出来事で上書きされてしまう。
月城さんは俺が飲んだばかりのグラスを引き寄せ、俺の口に触れたばかりのストローにためらいなく顔を近づけ……なんと、口先でぱくっと咥えたのだ。
——はあぇ!?つつつっ、月城さんっ!?
目と鼻の先で繰り広げられる非現実的な光景に声が出ない。
しかも、そんな行動をとった当の本人はどこか満足気な表情でテヘペロしている。
あの月城さんが、テヘペロである。絶句だ☆
「えへっ♡おんなじストローで飲んじゃった///これ……間接チューだよね……?♡」
「えっ!?!?ええっとぉ!?」
「あ〜〜〜♡照れてる〜〜!」
「そそそそっ……そりゃそうでしょ!?」
「慌てちゃって、可愛い〜〜♡」
「かっ!?かわっ?!」
どこかエロい表情で俺をからかってくる月城さんに、声が上ずって情けない声が喉奥から漏れてしまった。
間接キスなんて言葉に反応してしまう自分が悔しい、けど止められない。だって初なんだもの。
だが、この異常な状況はより悪化してゆく——
月城さんはテーブルの端に置かれていたアイス用のスプーンを手に取ると、淡い緑の上に浮かぶアイスを丁寧にひと口分だけすくって、そっと口へ運んでゆく。
「んっ♡おいちぃ〜!!」
無邪気な声を漏らした月城さんは、もう一口と言わんばかりにアイスをもう一度スプーンですくい取ると、俺の方へ意味深な視線を向けてきた。
「どっ……どうしたの……月城さん……?」
「えへへっ♡……えっとねぇ〜…………///」
「…………??」
俺の困惑を楽しむみたいにニヤリと笑い、月城さんの目が細くなる。
「並樹くん……ほ〜ら、あ〜〜んしてっ♡あ〜〜ん♡」
「あっ!?あ〜〜ん!??!」
「あ〜〜〜ん♡間接チューしよ♡もういっかい///」
——ちょちょっ!?えっ!?この方マジどなたぁ!?ほんとに月城さん!?でっ……でも、これ【命令】だよなぁ!?
思考が跳ね、心拍が一段上がり、呼吸が浅くなる。
考えている間にも、刻一刻と俺の口元にスプーンが近づいてくる。
その後ろで月城さんは、頬を赤く染めながらも満面の笑みを浮かべていた。
——馬鹿野郎!こんな事でビビるな!!間接キスがなんだ。これは検証なんだ!俺の行動ひとつで学校の命運がかかってるんだぞ!?
そう自分に言い聞かせ、俺は意を決して口を開いた。
——————ぱくっ。
「…………おっ……おいしぃ〜……」
「んっふぅぅぅ〜♡おいち〜ね〜♡」
味なんてするわけない。この状況で。
そんな俺とは打って変わって月城さんはご満悦である。そして、間髪入れずに次の行動に移る。
「あっ!口の横にアイス付いてるよっ!私が取ってあげるね♡」
「ちょっ!?ちょちょっ!?自分で取れr」
「動かないでっ♡」
——めっ、命令!?
言葉が落ちた瞬間、俺は理性で体を制御しその場に固まった。
一方、月城さんはとろけるような笑顔のまま、その細い人差し指をゆっくりと俺の口元へ近づけ——そっと触れた。
シルクが触れたような感覚に背筋がびくりと跳ねる。
そのまま指が口元の甘さをなぞって拭い取ると、彼女はその指先をまっすぐ自分の口元へ運び、小さな音を立てるように、チュッ♡と舐め取った。
——こっ、これは幻覚だ……きっとそうだ……。
もう何が現実かわからない。でも、俺の本能が告げている。俺は正気だと。
現実は残酷だ。
そして、この砂糖マシマシ極甘カフェタイムは続いてゆくのだった——
———————
あれからも、急変した月城さんのとめどない極甘攻撃は続いていた——
——————ピロンッ
不意に電子音が鳴る。
刹那、月城さんの視線がふっと揺れてスマホを取り出すと、画面を覗き込み指先で何かを確認して声をあげた。
「あっ……もうこんな時間!?今日はご飯作らなきゃいけないのに!……むぅぅぅ……」
表情に驚きが混ざった月城さんが俺へ視線を移し、どこか名残惜しそうな顔のまま、俺の前へ片手を差し出した。
——————パチンッパチンッ
乾いた音が店内に響く。催眠解除の合図だ。
——助かった……。
「はっ……」
全てを忘れた演技をして顔を上げると、そこにいたのは——いつもの月城さんだった。
冷たく整った表情。甘い熱が引いて、目の焦点が鋭く定まっている。さっきまでの出来事が、一瞬で別の時間に押し込められたみたいに。
「気がついたかしら?並樹くん」
「えっ……えっと、うん……」
「そう、よかった。並樹くんのお陰で有意義な検証が出来たわ。これからもちょくちょく手伝ってくれると嬉しいわ」
「そっ、そっか……それならよかったよ……」
「今日はこの辺でお開きにしましょ。私はやることがあるから先に行くわね……ここのお会計は私が済ませておくから安心してちょうだい。それじゃ……」
「ちょっ!?月城さん!?」
あまりの変化に驚きつい呼び止めてしまうが、月城さんは聞こえていないみたいに席を立つと、伝票を片手に迷いのない足取りで店の入口へ消えていってしまった——
間違いなくそこにいたのは、いつもの月城さんだ……なんか情緒が壊れそう。
脳が現実として処理しきれず、俺はぼんやりと残されたテーブルを見つめた。
——月城さんはどういうつもりだったんだ?
あの動画には【意中の人を自由にする】みたいなタイトルがあったから、明らかに恋愛用に作られたものなんだろう。で、月城さんは『遠慮なくでやらせてもらう』と言っていた……
ということは、月城さんは本気でその役に入り込んで検証しているのかもしれない。そう考えれば筋が通る。
催眠を解いた瞬間にすぐいつもの月城さんへ戻ったのが、その証拠だ。
——なら。俺も、誠実に向き合わないといけない。変に感情論で見ちゃだめだ。俺が揺れたせいで検証が歪んだら本末転倒なんだから……。
そう、これは【検証】なのだから——




