第35話 女子会 前編 凛SIDE——
凛SIDE——
私の暴走から1週間。
日常からは彩りがなくなり、私の視界に映るものは全て灰色になっていた。
あっくんに無茶な事を迫った結果、二人の仲は完全に壊れた。
全ては私のせいだ。
それからずっと私はあっくんに避けられている。
当たり前だ。あんな事をして、いつものように接してくれるなんてありえない。
でも、こんなにも辛いなんて思いもしなかった。
私が私でいられる場所は、いまやどこにも無くなってしまった。
これは、全てに嘘を吐き続けた私への罰なのかもしれない——
今日も同じような1日がチャイムで終わりを告げる。
机の上を片付けて帰り支度を整え、姿勢を正し、私は教室から颯爽と出てゆく。
これでいい。いつも通りの月城凛に戻れば。演じ続ければ……。
でも、それがどうしても上手くいかない。
鞄に付けたお揃いのイヤホンケース。今も髪を止めている蒼い髪留め。
それが目に入るたび、あの幸せな時間の記憶を連れてきて、心の奥を鋭く突き刺してくる。
でも、これを捨てるなんて絶対に出来ない。
これは私の宝物で、偽りのない本当の記憶なんだから――
賑わう校舎を出て、いつもの校門へ向かう。
その短い距離を歩くだけでも、変な視線に晒される事も多くなった。
最近はサラシを辞めたからか、少し昔に戻ったみたいだ。
胸元に集まる目線を感じるたび、肩がこわばって歩幅が小さくなる。
でも、一番見てほしい人はもうそばには居ない。なんのために私はこんな事を……。
そんな事を思いながら人が流れる校門を抜けようとした時、校門の影から不意に声が飛んできた。
「凛ちゃんっ♪待ってたよっ!」
「……っ!?橘先輩っ!?」
視界に急に入ってきたのはボブヘアーのふんわり美人。爆乳付き。
意外な人の急な声掛けに、私は驚きを隠せなかった。
「あ~!そんなに驚いてぇ~!ちょっと傷つくぞっ☆」
「すいません、あまりに急だったので……そんなつもりは……」
「うふふっ♪嘘だよっ、冗談!凛ちゃんは真面目なんだからぁ!」
橘先輩はいつも通りの明るさで笑っている。それが逆に痛かった。
私はもう、同じ笑顔ができなかったから。
「どうしたんですかこんな所で?待ってたって……私になにか用でも?」
「うんっ!ちょっとね……凛ちゃんはこの後、時間ある?」
「時間ですか?まあ、ありますけど……」
「じゃあさ、ちょっとわたしと近くのカフェに行かない?そこで話そうよっ」
断る理由なんて見つからなかった。
それに断ったら、このまま帰ってまた灰色の部屋に沈むだけだ。
それなら少しでも誰かと一緒にいたい……そう思った私はその話に乗った。
「カフェ?……はい、いいですけど……」
「やたっ♪じゃあ早速行こっ!女子会だっ女子会っ♪」
「女子会??」
ノリノリの先輩の腕が私の背中を軽く押してきて、私は先輩に連れられて歩き出した。行く宛もわからぬままに――
————————
橘先輩に連れられて来たのは、学校近くのなんの変哲もないカフェだった——
夕方の光がガラス窓に薄く反射して、店内はやわらかい色で満ちている。テーブルの縁に落ちる影さえどこか穏やかで……なのに、私の中だけはその光が届いていなかった。胸の奥に薄い膜が張って、温度だけが置き去りになっているみたいに。
なんだかんだ先輩と二人きりは初めてだ……どんな要件なんだろう?
そんな疑問を胸に抱えたまま、私は言われるがまま手早く飲み物を注文をして、二人掛けの席へ腰を下ろす。
一口カップの縁に唇を当てて、喉を潤し視線を上げた瞬間、目の前に座った先輩と目が合った。
先輩は笑っているのに、どこか真剣さが滲んでいて……その滲みが、言葉になる前から私の心臓をせかしていた。
「それじゃ、早速本題に入ってもいい?凛ちゃん」
「本題……ですか?」
「そっ、本題!」
こんな切り出し方をする先輩は初めてだ。いつもはふわふわと話を右往左往するのに。
それだけで私は自然と身構えてしまう。カップを持つ指先に力が入り、硬い陶器の感触だけが妙にはっきり伝わってくる。
「凛ちゃんさ……最近、なーくんとなんかあった?ふたりでいる所、全然見かけないけど……?」
「……っ!?」
その名前を出された瞬間、息が止まった。
まさか、これが本題だったなんて……最悪なタイミングだ。
「あらぁ……やっぱ図星?」
「……そっ……それはっ……」
「女子ふたりなんだから、そんなに固くならなくてもいいよっ!誰にも言わないし。それで、何があったの?」
「それは、なんというか…………」
先輩の声は軽い。なのに言葉が絡まって出てこない。
思わず視線を落としてしまった私の視界の端に、心配そうな表情の先輩が映っていて、どうにももどかしい。
「ちょっと心配でさ……あんなに仲良かったのに、喧嘩でもしたのかなって?」
言えない。これだけは……。
これは私自身の問題で誰かに話していいものではない。まして先輩には。
私は胸の中で何度も線を引いて、ようやく言葉を作り出すことができた。
「心配させてしまってすいません……でも、これだけは橘先輩だとしても言えません……ごめんなさい……」
一線を守ろうと必死になる私。
そんな私を橘先輩はじっと見つめてからひとつ息をついて、少しだけ笑顔を崩した。
「ふ~ん、そっかぁ……それなら仕方ないよね、プライベートってあるもんね。……じゃあさ、せっかくだしちょっとわたしの愚痴に付き合ってよ……」
「……愚痴、ですか?」
急に切り替わった話題。
空気が変わった気がして、肩の力が少し抜けかけたその瞬間、耳に飛び込んできたのはまたもや衝撃的な一言だった。
「わたしさ……なーくんに振られちゃったんだ…………えへへっ……」——




