第18話 いつもと違うお昼休み——
昨日の夜、急にスマホが震えた。
【凛:飛鳥くん、明日のお昼ご飯だけど、私が2人分作っていくから検証ついでに一緒に食べましょ?】
有無を言わさない圧のあるメッセージ。
ありがたい。本当にありがたいんだが、同時に申し訳なさがじわじわ浮いてくる。
今回の検証の内容はわからないが、以前に近い内容であれば凛は本気でお弁当を作ってくるはず……それに比べ、俺は何もしていない気がして気が引けてしまう。
とはいえ断るのも検証の妨げになってしまうわけで、俺は『わかった、ありがとう』とだけ返してスマホを伏せた——
そして時は流れて今日の昼休み。
購買にも学食にも寄らず、俺は足を早めていつもの風紀委員会議室へ向かった。
扉を開けると、既にそこには凛の姿がある。
「飛鳥くん、待ってたわ」
「ごめん、ちょっと遅くなって……」
「いいのよ、私もいま来た所だから……じゃあ、座って」
「おっけ、了解……」
俺は凛を見習いドアの鍵を締めてから、いつもの席に腰を下ろす。
鍵を締める重要性が少しわかった気がする。俺たちの演技している姿を誰かに見られたら、それこそ一大事になりかねないのだから。
「あのさっ、凛……お昼作ってきてもらったみたいで、ありがとう。なんか気を使わせてない?大丈夫?」
「いいのよ、これも検証の為だもの。飛鳥くんは覚えていないと思うけれど、実はお弁当を作ってくるのは2回目なのよ?」
「えっ!?そっ、そうなの……?」
口では大袈裟に驚いてみせたが、実際は違う。
めっちゃ甘々の時間過ごしたのを鮮明に覚えてる。あんなのを簡単に忘れられるほど俺は都合よくできてないのだ。
「それじゃ、今日も始めてゆくわね……飛鳥くん、《《ちょっとツラ貸してもらえるかしら》》?」
ゆっくりといつものキーワードを口にする凛。それを受けて俺も演技に入ってゆく。
すると、彼女は鞄から大きめの弁当箱を二つ取り出し始め、それを見た俺は内心ほっとしていた。
——流石に前回のアレは量が尋常じゃなかったから……今回は助かる。
「んっふ〜♡それじゃあっくん……ご飯一緒に食べよっ♡今回も頑張って作ってきたからたっくさん食べてね♡あっ、これあっくんの分とお箸ね……」
凛がいそいそと俺の前に一つの弁当箱とペアの箸の片割れを差し出してきて、いつものように空気の温度がガラリと甘く変わってゆく。
同じ顔、同じ声なのに、語尾の柔らかさと表情だけでここまで世界が別物になるなんて、いつ見ても彼女の演技力には驚くばかりだ。
「ありがとう凛、じゃあ食べよっか!」
「そうだねっ!」
「「いただきます!」」
ふたりで仲良く手を合わせてそう呟くと、弁当箱の蓋を開ける。
そこにはやはり、こだわり抜かれた料理の数々が丁寧に詰められていて、気合の入りようがしっかりと伺えて申し訳なさが先立ってしまう。
——俺も凛に何かしてあげないとな……。
そう思っている矢先、俺の横で凛の箸が踊り、艷やかな卵焼きを摘むと——
「はい、あっくん食べさせたげるっ♡あ〜〜んしてっ♡」
——仕方ない、これは仕方ないんだ……。
そう自分に言い聞かせて、いつもの如く俺は恥を捨てた。
「あ〜〜〜……」
口を開きかけたその刹那——
————————カチャカチャ…………
「「っ!?!?」」
入口のドアが外から揺さぶられる音が室内に響きわたる。
次いで俺と凛の声にならない声が重なり、同時に視線がドアへ吸い寄せられた。
「凛……今日誰かここに呼んだ?」
「ううん……」
「じゃあ……誰ぇ?」
「わっ、わかんない……」
つい二人で顔を見合わせて呆然としてしまう。
その間もガチャガチャと小さく音が続き——
————————……カチャリ……。
ドアの鍵が開く音が、無言の教室に無慈悲に落ちた。
——鍵を持ってる人!?先生……!?でも何で……。
眼前で起こったあまりの事にパニック寸前で、声が出ない。
しかし、それは凛も同じようで、俺の口元に卵焼きを差し出しながら固まっている。
ドアの方を息を呑んで凝視するふたり。
やがてゆっくりとドアが開いてゆくと、そこから現れたのは——
「あれっ!?なーくんに凛ちゃん!?なんか鍵がかかってると思ったら二人が使ってたのぉ!?」
ワンレンボブヘアーにふんわり優しい少しタレ目な顔立ちが、驚きに目を丸くしてこちらを見つめている。
「ほのか先輩!?」「橘先輩!?」
——やばい。この状況はマジでヤバい……ほのか先輩に誤解させたら凛の名誉が……。
凛の箸は俺の方へ伸びたままだし、距離感も完全にアウトに見える。
唯一の救いは俺の口が閉じていることくらいだ。
一瞬で頭が真っ白になり、思考が空転して口が回らない俺に向かって先輩は言葉を重ねてくる。
「なぁにぃ〜?ふたりでなにしてたの?お仕事?ちょっとわたし気になっちゃうぞっ☆」
「えっと、ほのか先輩これはっ……」
なにか話題を逸らさなければいけない……そんな思考の結果、口から漏れ出たのは拙い言葉。
「むっ、むしろほのか先輩はなんでここに……?」
途中、声が裏返りそうになって慌てて平静を装おうと取り繕う。
質問に質問を返す。完全にやっちゃいけないやつなのだが、ほのか先輩はふわふわした笑顔でそれに答えてくれた。
「わたし?わたしは……ここでお昼食べよって思って」
「お昼!?ここでですか!?」
「うんっ、そだよ?」
「なんでまた、こんな所で……?」
こちらが言えた義理ではないが、この場の空気をどうにか取り繕う為にもそう言うほかなかった。
「ん〜それはね〜……わたしお昼休みになると、しょっちゅう男友達とか後輩から呼び出しされちゃって、ゆっくりご飯食べる暇があんまりないんだよねぇ……だからすっごいお腹へってる時は、いつもここでご飯食べてるんだぁ♪一人の時間も人間大事なんだぞっ☆」
「そっ、そうだったんですね……それはお気の毒に……」
モテすぎるのも大変なんだなぁと素直に感じてしまう反面、どこか悲しい気持ちにもなる。俺もほのか先輩の時間を邪魔した一人なのだから……。
「じゃあ次はなーくんたちの番だぞっ☆二人とも、ここでなにしてたのっ?」
「えっ……えと……それはですね……」
ほのか先輩は攻守逆転とばかりに俺たちに質問を投げ返してきた。
——なんて言えば良い?催眠の検証なんて言えるわけもないし……。
言葉に詰まり、絶体絶命と思ったその刹那——隣で凛が声を張った。
「それはですね……夏休み開けは風紀が乱れやすいので、それを啓発する為の打ち合わせを兼ねてここで食事を取ろうと思いまして……ねっ?飛鳥くん」
「はっ、はいっ!……そ、そうです!!」
急な凛の機転。俺は藁にもすがる思いで、すぐにそれに乗る。
いかにも風紀委員長らしい言い訳だ。
「おお〜!!さすが凛ちゃん!わたしの跡継ぎとしては完璧だぞっ☆」
「ありがとうございます、橘先輩」
そろそろと俺の方へ差し出していた箸が戻ってゆく。
それに気づいているのかいないのか、ほのか先輩は気にしている様子はない。
「それで、その会議はもう終わったの?」
「はい、なのでこれからご飯をたべようかと……」
「へぇ〜!よかったぁ!じゃあふたりがよければ、わたしも一緒にここで食べてもいいかなっ?」
凛の横で俺の心臓が嫌な跳ね方をした。
——一緒に……?マジで……!?
まだ催眠を解く合図は貰ってないし、ここにほのか先輩が加わったら、俺は検証の演技をどう言う感じに続ければいいんだ?しかも凛に弁当を作ってもらった言い訳はどうすれば……?
頭の中が一気に忙しくなる。
「そっ、それはもちろん、橘先輩なら歓迎ですよ」
——凛さんっ!?でも、断るわけに行かないよな、確かに……。
凛が何も気にしていないかのようにしれっと答え、俺は笑顔を作るタイミングすら遅れてぎこちなく頷く。判断は全く間違っていない、いないんだが。
「やった〜〜!じゃあ、失礼するぞっ☆」
ほのか先輩は軽い足取りでこちらに近づいてくる。
動きに合わせてふよふよ揺れる胸元……それが、今日だけはやけに怖いものに見えた——




