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美人だけど最恐堅物な風紀委員長が、俺の前でだけエッチなデレデレ極甘女子を演じ始めて今日も感情がない件  作者: ファッション捜査課のスカリー


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第17話 いくじなし 凛SIDE——

重苦しい玄関のドアを引くと、いつもの整った玄関が私を出迎える。

一歩足を踏み入れた瞬間、照明が自動で点いて白い光が床と壁を均一に塗りつぶす。

綺麗で、正しくて、無機質。今の私には、その無機質さがやけに刺さった——


「ただいまぁ〜…………」


口に出した声がすぐに空気に吸われる。返事はない。

当たり前だ、今日もパパとママは仕事で家には帰ってこないんだから。


靴を脱いで玄関を上がり、そのまま自分の部屋へ直行して体を滑り込ませるみたいにドアをくぐる。背中でドアを締めた瞬間、張りつめていたものが一気にほどけた。

ガタつく足から力が抜けて、そのまま床にへたり込む。


「はわわわわわっ…………わっ、私……あああっ、あっくんと……ぎぎっ、ぎゅーしちゃった……」


声にした途端、顔が熱くなり、頭の中でさっきの映像が勝手に再生される。

温かい腕の圧。背中に回った手の力。

制服越しに伝わった体温がはっきりしていて息が詰まりそうになったこと。

彼の柔軟剤のようないい匂い。ぐっと近づいたせいで、首筋のあたりに触れてしまった鼻先の感触まで。


私はつい両手で顔を覆ってしまった。


「大丈夫だったかなぁ?ちゃんと最後は冷たい私に戻れてたかなぁ?あっくんに疑われてないかなぁ!?私が演技してること……」


息継ぎも忘れて言葉が出る。胸の奥が忙しくて心臓がまだ速い。


「はぁぁ……本当ならあのあと公園でもうちょっとお話したかったのに、ドキドキしすぎちゃって無理だったよぉ……」


人生で初めて男の人とハグをして舞い上がってしまった私は、これ以上は自分を制御できないと悟ってすぐにあっくんと別れた。


あのままもう少しだけ夕暮れの風に当たりながら、彼と恋人みたいに話せたら……。

それがたとえ偽りの……催眠を通した一瞬の関係だったとしても……。


湧き上がる小さな後悔。欲張ったらだめだと分かっているのに、欲張りたい自分がいる。


私は床の上で体育座りになった——その瞬間、今度は別の不安が湧き上がる。


「はっ!?てか、私めっちゃ緊張して汗掻いちゃってたけど大丈夫だったかなぁ!?私、臭くなかったよね!?」


焦って自分の身体をくまなく嗅いでみる。


「大丈夫だよね?今度から体臭バラの香りになるガム毎日噛もうかなぁ。みんなは香水とか着けてるけど、私が着ける訳にはいかないからなぁ……はぁぁ、風紀委員ツラっ……」


ブレザーやブラウスの首元、恥ずかしいけど脇まで鼻を当てて確認していると、ふと普段とは違う香りが微かにすることに気づく。

自分の部屋の匂いでもシャンプーの匂いでもない。もっと近い距離の記憶を連れてくる匂い。

私はその香りがする袖口に鼻先を寄せた。


「すん……すんすん……あっ……これあっくんの匂いだ♡むふぅ〜♡やばっ、ヨダレが……じゅるっ……めっちゃムラつく、濡れそう……」


口に出した瞬間、我ながらアウトすぎて両手で口元を押さえた。

キモいのは分かってる、でもこれが本当の私。普通の恋をして、エッチにだってめっちゃ興味がある、普通の女の子。


高二にもなると、初めて済ませたなんて話が笑い声と一緒に廊下の角から流れてきて、私はそのたびに胸の奥がちくりとする。

羨ましいって思ってしまう自分が、ちゃんとここにいる。

でも周りの子は悪気なく言うんだ。


『月城さんはそういうの興味なさそうだし、しかも美人すぎて普通の男子じゃ釣り合わないよね』って。


そう言われるたび、私は笑って頷くしかない。正しい顔で、余裕があるみたいに。

みんなの知っている月城凛はそうあるべきなんだ。


「この服洗いたくないなぁ……もう、真空パックして取っときたいくらい一生ものだよぉ」


だいぶ偏った独り言が整った部屋の空気に落ちる——


私は中学の頃からずっと自分を偽ってきた。

きっかけはこの胸の大きさ。そして無駄に整った顔立ち。


ジロジロと刺さる視線や言葉の端に混ざる下心。

近づいてくる男子の目的が透けて見えるたび、私はどんどん嫌になっていった。


だから自分を閉じ込めた。笑い方も、話し方も、距離の取り方も、全部作り直した。

気高くて、強くて、隙がなくて。近づいたら切り捨てられるって最初から思わせるような、そんな新しい月城凛を作った。


それは思った以上に効果があって、不純な男はもちろん、そもそも男子のほとんどが私の周りから消えていった。

出来上がったのは真面目で堅物で笑わない美人の優等生。最恐の風紀委員長。

引き際をなくした私は、そのままずっと彼女を演じ続けていた。


「はぁぁ……みんなが私の事を忘れて一からやり直せる。そんな催眠ないかなぁ……ふふっ、あるわけないか……」


普段の私は私じゃない。その事実だけが夜になると少しだけ苦しくなる。

そんな私のそばに、ずっといてくれたのが——あっくんだ。


真面目で真っ直ぐで、優しい人。

私の怖さに怯えながらも、逃げずに一緒に仕事をして黙って支えてくれる人。

そんな彼は、気づけば私にとって特別な人になっていた。


恋って、本当に些細なきっかけから始まるものだと思い知らされた。


そして本当の私が顔を出してしまい……彼に近づきたいって思いがもう隠せなくなって、胸の奥で暴れ始めてしまった。


だから、私は催眠検証をでっち上げたんだ。

こんなの良くないことはわかってる……私にとって最初で、最後の我儘——


あっくんとの催眠検証は唯一の癒やしの時間だ。

検証だからって言い訳と、委員長の仕事って建前がある。だから、素の私が出ても誰にも責められない。

思いを寄せていた人と、ほんの短い間でも作らない自分で過ごせる貴重な時間。


でも、私は知っている。これにはいつか終わりが来る。そして、その終わりがきっと思っているより早く来る事も。


それでも私は、この催眠術に出会えたことを心から感謝している。


分かっているんだ……あっくんには橘先輩がいるってことは。

あっくんが昔から先輩に憧れていたことも、先輩の前では私には見せない顔をしていることも。


でもこの検証中だけは……私の……私だけのあっくんになってくれる。

それだけで、私は十分幸せなんだ……。


袖口に残る香りに、もう一度だけ鼻先を寄せて私は小さく息を吸う。すると胸の奥がまたじんわり熱を持った。


「次は、どんな検証にしようかなぁ……」


私は月城凛——最恐の風紀委員長を演じる、いくじなしだ——


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