第11話 急に鳴りだしたスマホ——
その日、俺は月城さん……いや、凛と少しギクシャクしたまま帰宅した。
『ちょっと悲しいわよ……』
その一言が頭の奥に残ったまま消えず、彼女にどう接すればいいのか、少しわからなくなってしまっている自分がいる。
前みたいに距離を取らず、同じ委員としてじゃなく、友人として接するべきなんだろうか?でも、それを彼女は望んでいるんだろうか?
俺の知る限り、彼女は誰にも心を開いていない……そんなふうに見えるのに、俺だけが踏み込んでいいのか?
考えを整理したくて、俺は食事を終えると風呂に向かい、湯船の熱に包まれながら今日の疲れと悩みを湯に溶かそうとした——
風呂から出て部屋へ戻った俺は、なんとなくスマホを手に取った。
「ん?メッセージ?……ゲームのお誘いか?それなら最高のタイミング……」
画面が点灯すると目に入った一件の通知。それを何気なくタップした瞬間、目に飛び込んできたのは——
【凛:飛鳥くん。今日の夜、時間ある?】
「えっ!?りっ……凛!?」
開いた途端、驚きで俺の声が室内に反響した。
普段は風紀委員全体のトークルームでしかやり取りしていないのに、今回は初めての個別メッセージ。驚かないわけがない。
送信時間を見ると約10分前。胸の奥がそわついたまま、とりあえず指先を走らせる。
【飛鳥:時間はあるけど、どうしたの?】
送信して数十秒後——スマホがブルっと震え、通知が光る。
【凛:もし飛鳥くんが時間あるなら、ちょっと通話出来るかしら?】
——レスはやっ!?しかも、つっ……通話?なんで?どっ、どうしよう……
いきなりの提案にどう返すか考えていた矢先、またスマホが震える。
【凛:やはり忙しいかしら?ちょっと催眠検証の事で直接話したいと思ってるのだけれど?】
まさかの追いメッセージ。既読を付けた以上、返さないわけにはいかない。
離れていても伝わってくる凛の圧に、俺はあっさり屈してしまった。
【飛鳥:催眠の?わかった、通話大丈夫だよ】
【凛:助かるわ。今お風呂上がったばかりだから数分後に連絡入れるわね】
【飛鳥:OK。待ってるね】
端的なやり取りが終わった途端、緊張だけが遅れて押し寄せてくる。
そして気づけば、俺はベッドの上で正座してスマホを握っていた。
まるで始めて彼女とラブホに来て、彼女のシャワーを待っているかのような……そんな感覚。ラブホ行ったことないけど。
——————————ヴヴヴヴヴッ
「うぉ!?おおっ!?」
若干ピンクな思考をスマホの激しい震えにかき消され、俺は情けない声を漏らしていた。
画面には着信の文字。もちろんその先には月城凛の名前が煌々と灯っている。
俺は一度息を整えると、震える手で通話ボタンを押し、恐る恐るスマホを耳に当てた。
「もしもし……並樹です……」
「もしもし、飛鳥くん?私だけど、聞こえるかしら?」
「もっ、もちろん聞こえてるよ」
「よかった、出てくれて。急に連絡してごめんなさい」
スマホ越しの凛の声は、少しだけ肩の力が抜けているように聞こえた。
普段のきりっとした響きよりも丸く、いつもと違ってどこか優しい……そんな気がして俺の胸の奥が変に落ち着かなくなる。
「いや、暇してたし大丈夫だよ」
「暇……?そうなの?」
「まっ……まあね」
動揺を悟らせないように俺はわざと軽い調子を作って、話の舵を切る。
「それで、凛……今日はどうしたの?催眠の件って?」
「ああ、そのことなんだけど……ちょっと、その前に一つだけ話したいことがあるの」
「話したいこと……?催眠の件以外で?」
「ええ……」
凛の声がほんの少し曇ったように聞こえた俺は、無意識に頭の中を回す。
何だろう?嫌な方向じゃないといいけど……。
「あのね、今日の朝の事なんだけど……まだ謝ってなかったから、ちゃんと謝りたくて……変にイライラして飛鳥くんに当たってしまってごめんなさい。許してほしいの」
「ちょっと凛!?謝らないでいいって!そんなに気にしないで!俺が悪かったんだし……」
今まで聞いたことのない凛の声色と急な謝罪に、俺は焦って声のトーンを少し上げマイクに話しかけていた。
「じゃあ……許してくれるかしら?今日、あのあと飛鳥くんがよそよそしい気がして……ずっと私、気になっていたのよ」
まさか凛も気にしていたなんて……俺が勝手に悩んで、勝手に距離を取っていたというのに。それをちゃんと言葉にできる凛はやっぱり大人だな……。
そんな考えが浮かんで自分が情けなくなる。
「許すもなにも、俺が悪いんだからさ……こっちこそ本当にごめん、自覚が足りなくてさ。怒って当然だよ、凛は間違ってない」
「うふふっ……飛鳥くん、優しいのね」
「そっ……そうかな……?」
凛の声が少し明るくなり、彼女らしくない可愛い笑いが混じって、俺は頬が熱くなるのを感じた。
「それじゃ、この件はここで一旦やめるわ……それでね、今日連絡した理由なんだけど……」
「うん」
「実は、今から飛鳥くんに検証に付き合ってほしくて電話したのよ」
「検証に!?今から!?……今から会うってこと?」
急な一言に俺の思考が跳ねた。
心臓が一段強く鳴って口が勝手に先走るも、すぐに冷静な凛の声が飛んでくる。
「いや、流石にそうじゃないわよ」
「えっ?じゃあ……どういう事?」
「それは……これから検証したいのは、催眠の遠隔発動についてなの」
「遠隔発動?」
「そう……要するに、通話越しでもその効果が発揮されるのかってことよ」
凛は淡々と説明を続ける。
声は落ち着いていて、いつもの風紀委員長・月城凛がそこいる。
「だから、もし飛鳥くんの時間が許すなら、今から私がスマホ越しに飛鳥くんを催眠状態にするキーワードを言って、どうなるのかを検証していきたいのだけど……手伝ってくれないかしら?」
「ああ、そういうこと!……それなら全然手伝うよ!」
「ありがとう飛鳥くん。助かるわ」
口ではそう答えた。けれど、頭の中は別の疑問でいっぱいだった。
——どうする?かかったふりをするべきか?
遠隔で催眠にかけられたとしても、術者側にそんなにメリットがないような……?
いや、待てよ。もし遠隔で催眠にかけられたら。もしそれが通話一つで成立するなら?
通話越しに催眠状態にして指示だけを与え、誰かに催眠にかかっている人を【貸し出す】なんて事ができるのでは!?
まるでよくある薄い本みたいに、他人の手に渡って面白半分で消費される。
頭の中でそんな想像が一瞬だけ形になり、俺は背筋が冷えた。
そんなの絶対にダメだ、という焦りが駆け巡る中、スマホ越しで凛が一度息を吸う。
「それじゃあ、準備はいいかしら?」
「もちろん、いつでもいいよ」
「それじゃあ飛鳥くん……ちょっとツラ貸してくれるかしら?」
俺はその一言を受けて、もう一人の【自分】の仮面をかぶる。
そして、このあと待ち受ける驚きの凛の一面を見ることになるとは、その時の俺は夢にも思わなかった——




