奇襲
恵里菜が、ようやく病院に行くと、過去の経歴から、処置をしといた方がよいと言われ、子宮口を縛られた。もう、16週になっていた。母親にも打ち明けると、「どうして?」と泣かれたが、安紀の母親にもらった50万円を見せると、これで少しは、と、無理に思い直しているようだった。仕事は派遣元に冷静に話すと、相当嫌な顔はされたが、時間休と、産休を取れることになった。これで本当に少しは、と思い始める頃、また、安紀が訪ねてきた。安紀は、「お金、持ってきた。お母さんは、自分で持って行くって言ったけど、取り上げたんだ。」と言う。「貸して。」と恵里菜が手を伸ばすと、「嫌だ。」と言って、高い背を活かして、引っ込める。「貸して。」ともう一度言うと、「調子はどうなの?」と、唐突に聞く。「悪い。あんたの顔を見ると悪くなる。」と恵里菜は答える。「ふっ、そうだよね。」と安紀は笑う。安紀は、笑った顔のまま「ねえ、約束は、覚えてる?」と言う。「何?」「や、く、そ、く。」「だから何?」「君が言ったことじゃない、3人目が生まれたら、籍を入れる…だっけ?」「いつの話?約束は破棄されたの。」「籍を入れてやろうか?」「誰があんたと…。」「子ども、全員認知するよ。僕は、いずれ就職する。それから、働く。そのお金を、いずれこの子たちが受け取れるようになる。認知って便利だよね。」と、お金の封筒を、弄びながら言う。恵里菜も、そんなものいらない!とは、即答できない。「なぜ…?私と結婚したいの?」と、恵里菜は不気味に思って聞きながら、無意識にお腹に手を置く。すると、安紀は、「僕を何かの枠にはめてくれないと、僕は溶けてなくなる気がする。」と遠い目で言う。「あなたが結婚したいのは、市香さんでしょ?」と言い返すと、「馬鹿言わないでよ。市香さんは、僕を壊した張本人だよ。嫌だよ。」と、真顔で即答する。「甘えないで。市香さんも、傷ついている、そうでしょ。あなたは、いつもそう…」と言いかけると、「分かったようなこと、言わないでよ!僕は、初めて人を愛したんだ。市香さんは、僕の整った頭を破壊したんだよ。傷ついたのは僕!」と、背の高さを利用して玄関ポーチの扉を越えて手を伸ばし、恵里菜の腕をぎゅっと掴んだ。「やめて、離して!」「人を呼びなよ。」「康人たちに気づかれちゃうでしょ。」「いいじゃない。僕を、父親だと、紹介してよ。」「やめて!」「苦しい?」「やめて!」
恵里菜は、掴まれていない方の腕でお腹を覆う。腕を引っ張られて、玄関ポーチの扉に身体がぶつかる。「安紀くん、やめて!」と言うと、安紀は、恵里菜の怖がる顔と、お腹を交互に見て、「良かった、まだ、聴覚が育ってない時で。」と独り言のように言った。恵里菜が、「離して!」と腕をばたつかせると、「静かにしてよ。今、離す。」と、言う。「そんなにばたばたして、今、本当に離したら、君は反動で転んで、この子をだめにするかもよ。」と言うので、恵里菜は、余計、気持ちが悪くなってばたつく。「動かないでよ。」と言いながら、安紀は手を離さない。恵里菜は、少しすると、肩で息をし出して、ぐったりと動きを止めた。すると、安紀はやっと手を離した。恵里菜は、玄関ポーチで、「はぁ。」と膝から崩れた。安紀は、「また来るから。」と言って、お金の封筒を投げ入れた。恵里菜は、それを拾って泣いた。




