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約束  作者: 梅子
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奈落

 康人と遥菜を迎えにいくと、2人は遠慮して、朝のことを聞かない。それに甘えて恵里菜も何も話さない。ただ、大人になったら、必ず説明するから、と伝えた。そこからは、何とか首がつながった派遣先で死に物狂いで働き、ご飯を作り、洗濯をし、子供たちを送り迎えし、片付けをし、てんてこまいに過ごした。続く体調の悪さは疲れのためだと思っていた…。

 恵里菜は、送り迎え中に、ごはん屋さんの前を通ると、気分が悪くなって、道端に吐いてしまう。ぞっとしつつ、ああ、なんであの時、公園に戻ったのだろうと、もう自分を責めている。恵里菜は、あえて、深くは調べず、仕事を続いている。毎日、締め切りを迫られ、嫌な人はいなくとも、余裕はなく、怒られることも多い。恵里菜は、何とか耐えて仕事をするが、喫煙室から帰ってきた同僚の匂いが、以前は平気だったのに、気持ち悪くて、吐く。お弁当を持ってきている人のリュックの匂いで、また吐いた。恵里菜は、母親の前でも、ついに吐いてしまう。母親は、「まさかね…違うわよね?」と言うので、「違うよ。」と言うと、涙が落ちるので、家を飛び出した。

 恵里菜の足は、なぜかあの公園に向かった。ブランコが2つある。恵里菜は、その1つに揺られてみた。また気分が悪くなるので、水道で吐く。涙がまたこみ上げる。心で安紀くん、来て、となぜか思っている。恵里菜は、しばらく公園でうずうずしていたが、思い立って、安紀の家に行こうとする。しかし、ためらって動かない。しかし、行く。

 ピンポンを押すと、安紀の母親が出る。「安紀くん、いますか?」と言うと、母親は、「あの時の!」と言うが、「いますか?」を繰り返した。この母親は、自分を安紀の昔の恋人であるとしか思っていないのだろう…。安紀は、大学にいると言われた。少しすると帰ってくるから、とリビングに通されると、夕ご飯の匂いがするので、えずく。吐くものがなくて、胃酸を吐く。母親は、それを見て、「あなたが昔言ってた、赤ちゃんは元気なの?」と聞いてくる。「はい、4歳になりました。」と口元を拭きながら言い、そっか、この人には言ったんだ、と思い出す。

 安紀は、母親の言った通り、すぐには帰ってこなかった。帰ってきた時には、お酒臭く、千鳥足で、玄関に倒れ込んだ。恵里菜は、ハンカチで口を覆いながら、「ねぇ。」と言うと、「ああ石川さん!来てくれたの?」と間抜けなことを言う。恵里菜は、あまりの期待外れに、言葉もなく、見下していたが、だんだんと冷静になって、もう誰にも頼れないと思うと、涙がぼろぼろと出て、「ねえ、安紀くん。安紀くん……。お金、お金、ちょうだいよ、お金、お金……。」と言う。「派遣は、厳しいの。産休なんて嫌な顔されるの……。ねぇ、康人は、ほんとは、そろばんやりたいの。遥菜も絵を習いたいの。なのに、うちでは、育ちざかりのあの子達をまず満足に食べさせられない。…。聞いてる?もう1人、なんて、死ねって言ってるのと同じなの。お金ちょうだいよ、頭いいんでしょ?」

言い終わると本当に虚しくて、ここにいるのも嫌だと思う。家を飛び出す。エレベーターの踊り場まで来ると、誰かが追いかけてくる音がする。安紀くんかな?と一瞬思うが、ペタペタペタという小さいサンダルの音に、ああ、安紀の母親かと、思う。母親は、「お腹に赤ちゃんがいるの?」と聞いてくる。恵里菜は、死んだような顔で「はい。」と答える。母親は、「ごめんなさい!」と言う。恵里菜は、黙った。すると、母親は、「何の足しにもならないかもだけど、安紀が私立の大学に行くことになった時用に貯めておいたの。でも、結局、ね、行ってくれたから、余ったの。」と言って、預金通帳と印鑑を差し出す。50万円入っていた。恵里菜は、「ありがとうございます。」と静かに言う。母親は、「足りないわよね。分かっているわ。毎月、働いてほんとうに少しだけど仕送りさせてもらえるかしら?」と言う。恵里菜はまた、「ありがとうございます。」と言った。


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