変貌
安紀は、「子どもに嘘を言っちゃだめだよ。間違えなく、僕の子じゃないか。僕の部屋で、君のお腹に、この子が入ったのを僕は知ってる。」と言う。恵里菜は、「もうやめて!!本当は何しに来たの?」と、向き合う。安紀の香気が、鼻をさす。
「僕は、約束の破棄をされたことを、フェアーじゃないって思った。だけど、あの時、僕もフェアーじゃないことをした。だから、君が破棄したことをぼくは飲んだ。市香さんは、君のように壊れなかったけど、僕は彼女を捨てた。僕を自分の会社の社員にしようって言うから。
彼女は、僕との約束を破って、子どもを堕ろしたんだ。」
安紀の意図が読めず、恵里菜は呆然として、この話を聞いていた。やめて!とは言えなかった。
「僕は、本当は堕ろされるはずだったんだ。父さんが、僕と同じように欠落した人間だったから。母親の若い頃は、石川さんに似てると思う。感情的で、盲目的だった。僕の血は汚いんだよ。それを受け継いだ子は、どうなのかなって、気になっただけ。」と、やはり平気で言う。恵里菜は、「あなたが悪いんでしょ?あなたがどう生きるかだけでしょ?」と、追い詰めると、安紀は、「僕は、自分を信じない。」と言い切って、康人の目と、遥菜の目を、交互に見て、「少なくとも母親には望まれて生まれたんだ。僕の血を引いてても、まともになるかな?」と首を傾げて言う。恵里菜は、「誰もあなたを愛さない。あなた、本当は寂しくて来たんでしょ?自分の好きな女性に子供を堕ろされて辛いんでしょ?だから、かつて生まれた子供に縋りにきた。いつから、そんな弱い人間になったの?」と、どこまでも許さない。安紀は、悔しがりもせず、「虚しい。死にたいんだ。」と言った。恵里菜は、「関係ない。」と言いつつ、安紀の虚ろな目を見つめてしまう。そこには、在りし日の少年の面影はなかった。何か言い返したいのに、何も言えない。
「ここで待ってて。」と言って、まず、会社に電話する。無断欠勤に近い。ひどく怒られた。謝り通す。クビもあり得る。その後、子どもたちを落ち着かせて、保育園に送る。心配したんですよ、と言われ、また謝る。走って、公園に戻ると、安紀は、ブランコをこいで待っていた。安紀は、戻ってきた恵里菜に、「ありがとう。」と言った。その言葉は、市香に習ったのだ、と、恵里菜は感じた。恵里菜が、「やめて。」と今度こそ言うと、安紀は、恵里菜の腕を強引に引っ張って、「僕の部屋に来て。」と言う。恵里菜が、「やめてよ!何するの?」と言っても安紀は、離さない。「どうして、僕を拒絶するの?もう同じことじゃない。」と、手の力を強める。「やめて!」と言って、恵里菜は、安紀の手を噛んだ。「痛いよ。」と言って、安紀が手を離すと、恵里菜の歯の跡から、血が出ている。恵里菜は、その血を見て、思わず、「あっ、えっ」と慌てると、安紀が、その隙につけこんで、深いキスをする。恵里菜は、思わず、いろいろなことを思い出す。初めて安紀の部屋に行ったこと、康人を妊娠している時、その身体の変化を全て見せ触らせたこと、康人の出産を見届けさせたこと、安紀のために、努力し、拒絶されたこと……。呆然とした恵里菜を、安紀は抱き上げ、近くのホテルに連れ込んだ。




