困惑
ある日、「安紀くん、この後、約束でもあるの?」と恵里菜は、思い切って聞いた。安紀は、時計を見る顔を上げ、「うん。」と答えた。「どこに行くの?」「いちかさんち」「いちか?いちか何さん?」「原市香。」「下の名前?…。女の子?」「そうだよ。」
その瞬間、恵里菜は、薬の影響ではない強い動悸を感じ、顔を赤くした。安紀は、「そろそろ行かないと。」と、今、思い出したように言う。「待って、どうして?」と恵里菜が聞くと、「市香さんは、僕との賭けに勝ったんだ。あんな方法があるとは、思わなかった。ル・ボンを読んでたんだ。ずるいよな。」と一気に言って笑った。「市香さんが好きなの?」と恵里菜が震えるように聞くと、安紀は、はー、とため息をついて、「何でいつも、石川さんは、そうなるの?卑俗だよ。」と言う。恵里菜は、「嘘、好きなんでしょ?」と、さらに聞く。「好きじゃない、ただ、知りたいんだ。」という答えを聞いて、恵里菜は絶句する。「じゃあ、僕、行くね。」と言うので、「待って!!」と恵里菜は思わず立ち上がりそうになるが、だめ!お腹の中の安紀が流れ出ちゃうと、何とか、自分の体を押さえつけた。恵里菜が顔を上げるともう、誰もいなかった。
恵里菜は、その日から、また、ひどく無気力になって、看護師さんにも、お見舞いに来た、母親にも、「どうして?」と言って、急に泣き出すことがあった。
次、安紀が来ると、恵里菜は、無理に甘えるように「ねぇ、お腹、撫でて。」と言う。安紀は、皮肉にも「どうして?」と答える。「康人の時は撫でてくれたでしょ~。」「だから、もう撫でないでも分かるんだよ。」「動いてるの。」「そう。」「もう私との約束は、苦痛?原さんに会いたい?」恵里菜は、真っ白な顔をしている。「石川さんと市香さん、その関連はないはずでしょ。どうして、そんな比べるようなことばかり言うの?石川さんは僕の子を妊娠して満足なんじゃないの?僕は約束を守っているよ。」と言う。「約束、約束、約束、それだけなんだね。知りたいって気持ちは?私に興味は?」と、ついに恵里菜は、怒鳴る。安紀は、「そんなに大きな声を出して、どうして、自分の身体と僕の子を損なうの?」と平気な顔をして言う。恵里菜は、突然、入院着のボタンを外した。「安紀くん、私を抱いて。」と言う。安紀は、「そんなお腹で何を言ってるの?また早産したいの?」と聞く。恵里菜は、首を振って、「安紀がここに…。安紀の血がここに流れてるの!」と言った。安紀は、「そうだよ。」と、言って、困惑していた。




