逃走
恵里菜は、そのまま、ベットから動かない。安紀から、「そろそろお母さん、帰ってくるんだけど」と言われても、「うん。」と言うだけで、身体は動かない。本当に安紀のお母さんが鍵を開けて帰ってきても、呆然と倒れているので、安紀は、恵里菜を置いて、リビングに行った。安紀が、母親と温めた総菜を食べながら少し話していると、部屋のドアが空いて、恵里菜が出てくる。母親は、「何!?誰!」と叫ぶ。恵里菜は、「安紀くんと約束したものです。」と呆然として言う。恵里菜は、下着姿で、髪もぼさぼさ。母親は、幽霊を見たように怖がっている。安紀は、「石川さん。」と平然と言う。母親は、安紀の知り合いだと分かると、「大丈夫?」と聞く。恵里菜は、「はい。」と答えたが、母親は、恵里菜を部屋に戻して、制服を着せてあげる。安紀の母親は、「石川さん、気分が悪そうね。何があったの?」と、本当に優しい口調で聞くので、恵里菜は、「私、子どもを産んだんです…。それから、体調も悪いし、何もかも無くして…。」と言って、泣く。安紀の母親は、「若いのに、大変だったわね。」と言った後に、「安紀の子ども?」と聞く。恵里菜は、「はい。」と答えた。安紀の母親は、「ごめんなさい…。」と、優しく恵里菜を抱きしめた。そして、「あの子の父親も、同じような人間だったの。きっと、あの子も…」と言うので、「やめてください!」と恵里菜は、つい大きな声を出してしまった。「あの子は、父親にそっくり。もう諦めてるの。悪い子じゃないわ。でも、人間として大切なものが、欠けてる。生まれた時からね。」と母親は、柔らかい声でそれでも確実にそう言った。
いつの間にか、食卓から安紀がこちらを覗いていた。恵里菜は、先程まで抱かれていた母親を突き飛ばして、安紀の手を掴んだ。




