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約束  作者: 梅子
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非情

 頭が抜けると、スルスルと小さく、真っ赤な子どもが出てきた。恵里菜は、放心状態で、ぼんやりしている。子どもはすぐ泣かなかったので、直ちに手当てされると、本当にか細い声で泣く。安紀は、「生まれた。」と、ただ事実を小さく宣言した。そのまま子どもは、本格的な処置のために連れて行かれた。安紀は、そこに残り、胎盤が出るのも見ていた。恵里菜は、かすれた声で、「赤ちゃんの方が気にならないの?」と言うと、「今はどうせ見られないし、約束をしたのは、石川さんとだから。」と短く答える。

恵里菜は、生まれたと聞いて、力が抜けて後ろで崩れ落ちている母親を見て、悪いな、とは心底思うが、どうしても安紀が気になってしかたない。もう安紀は、全部の約束を果たしたので、自分と子どもを残して去ってしまう気がしていたからだ。思えば32週間、恵里菜が心を狂わせなかったのは、安紀の子どもがお腹にいたからで、今は、不安で仕方ない。

 安紀は、「じゃあ、僕帰るね。」と、何事もなかったように言う。恵里菜は、さっきのどの瞬間よりも辛い、と、本気で思って、「待って!安紀くん。次は、ちゃんと最後までお腹にいるようにするから。それも知りたくないの?」とガラガラな声で縋り付く。「次?」と安紀は振り返って、「そんなに変わらないんじゃないかな。」と平坦な口調で言う。「嫌だ、安紀くん。安紀くんは、また、私を抱くの!いい?」と恵里菜は、言う。もう話せないくらい身体が疲れ切って、苦しいけど、言う。安紀は、「最初、石川さんは、少子高齢化を止めたいって言った。それで僕と約束をした。でも、それが嘘で本当は僕が好きで、僕の子どもがほしかったんでしょ?」と臆面もなく確認する。「僕は父親にはなれない。それでも、また子どもがほしいの?どうして?」と追い打ちをかける。恵里菜は、「好きだから。」と必死に答えると、安紀は、首を傾げて、「好きだから?」と繰り返す。「そのために、死ぬほど痛いことをまたするの?なぜ?」と安紀は、本当に分からないという顔をする。安紀は、「僕はただ、中学校で少し成績が良いだけで、背も低いし、運動もできない。僕の子どもを増やす意味って何なの、石川さん?」と、まっすぐ聞いてくる。恵里菜は、「いいの!私、安紀くんと初めて話したあの日から、妊娠したあの日から、安紀くんしか見えない。安紀くん、私の存在をどう定義してるの?」と、もうないはずの力を振り絞って聞く。「定義?難しいね。」と言いながら、安紀は笑う。「僕と2つ約束をした人、かな?」と言う。「1つは、父親にならなくて良いってこと、もう1つは、見届けるってこと。僕は、この約束を「知りたい」から結んだんだ。」と言う。すると、恵里菜は、「じゃあ、赤ちゃんの将来は知りたくないの?」と聞く。安紀は、「僕の子だよ。たかが知れてる。」と平然と言う。恵里菜は、「じゃあ、もう私を抱かないの?興奮できると思うよ。」とぼろぼろな身体を奮い立たせて言うと、安紀は、「だいたいのことが、分かっているのに、どうして興奮できるの?それに、また子どもが生まれる意味のなさは、さっき話したじゃない。」と言う。「安紀くん、急に変わることだってある。突然変異。ばかな親から優秀な子が生まれる例は、尽きないでしょう?あの赤ちゃんだって、天才になり得る。もし、天才じゃなかったら、また産むから。私、顔はいいでしょ?」と、恵里菜は詰め寄る。これで負けたら死ぬと本気で思っているせいか、出ない声が出る。安紀は、「一体、何人産むつもり?」と聞くと、恵里菜は、「産めるまで産む。」と言うので、安紀は、「凡人が生まれ続けても、君は母親として、育てられるの?」と聞く。黙る恵里菜に、安紀は、少し悩んだ末、「僕は、何人生まれても父親になるつもりはないよ。」と言った。少し間があいて、恵里菜は、「安紀くんは、何になりたいの?」と聞く。安紀は、また、笑って、「何になりたい?生まれたから生きているだけだよ。それになれないからって死ぬの?」と、当然じゃないかという顔をする。「私は、安紀くんと離れるなら死ぬ!」と、恵里菜が言った瞬間に、本当にパタッと倒れるので、安紀は、脈をとるが、気を失っただけだと分かった。見ると、出血もしているようなので、安紀は看護師を呼んで帰った。まだ、恵里菜の母親は、呆然として、気絶しているようにも見えた。


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