効力
恵里菜は、タクシーに乗り込むと、真っ白な顔になる。「行き先は?」と聞く運転手にも、答えられない。安紀に、「どこの病院?」と聞かれて、初めて、「〇〇クリニック。」と、口にする。お腹が痛くてそれどころじゃないのに、安紀は、ぼんやり窓の外を見ている。
病院に着いても、恵里菜は、「動けない。痛い…。」と言う。運転手は、「お客さん、大丈夫?」と心配そうに言う。安紀は、タクシーを降り、恵里菜の座る反対側のドアを開け、「次、収まったら、行こう。もう目の前だから。」と、いつもの口調で言う。恵里菜は、安紀に支えられて何とか歩く。受付で、「石川です。」と言うと、「あっ、石川さん。どうしたの?お腹痛そうだね…。大丈夫!よく来たね。」と言われる。安紀の顔をちらっとみた受付の人は、この人がお父さん?という顔をした。でも何も聞かない。
安紀は、「じゃあ、石川さん、僕行くね。」と言う。恵里菜は、「待って!」と必死に縋り付く。「一緒にいて!」「お母さん、呼びなよ。」「安紀くんがいないと嫌!」「僕がいて何の役に立つの?」「いてくれるだけでいいの…。」「僕は、君のお母さんになんて言えばいいの?」「そんなの安紀くんが考えてよ。」「それは、難しいよ。」「側にいてよ。」「だから、お母さんになんて言えばいいの?」「うるさい!!」
そんな会話を続けていると、「もう、いい?」と看護師さんが言った。すると、「もう、いいよね?」と安紀は、恵里菜に冷淡に言った。恵里菜は、「行かないで!安紀くん。行かないで!!」と叫ぶ。安紀は、振り向きもしない。待って、待って……。本当に安紀くんが私を置いて行っちゃう……!
「見届けるって言ったよね?」
恵里菜は、咄嗟に思い出した約束を、切り札として言い放った。
安紀がぴたっと足を止めて、「うん。言った。」と引き返してくる。




