小話 もしもフィリシアさんが冷静な女の子だったら IF
その日はなんとなくついていない日だった。
目玉焼きを作るために卵を割ると、うっかり黄身を傷つけてしまったり、洗濯をしていたら力を入れすぎたのか、治りかけのあかぎれがぱっくりと割れてしまったり。
そんな些細だけどうんざりする不幸が続いた私に、とどめを刺したのは母の一言だった。
「赤ちゃんができたの」
その言葉に目眩がした。
八人目。
つまり、これからまた一人、私がお世話をする子どもが増えるということだ。
……なるほど。
「わかりました。お父さんを交えて後で話しましょう」
「え? 何を?」
「今後の我が家についてです」
お母さんは不思議そうに首をかしげた。
けれど、私はそれ以上何も言わなかった。
その日の夜。
弟妹たちを寝かしつけた私は、お父さんとお母さんに向き合った。
「お父さん、お母さん。お二人は未払費用という勘定科目をご存じでしょうか」
お父さんは驚いたように目を丸くした。
「フィリシア、どうしたんだ。いつもと話し方が違うぞ?」
そうですね。感情的になっては私の負けが見えています。ここは冷静に対応しなくては。
私はテーブルの上に一枚の紙を広げた。
「……これは、試算表?」
「はい。私が家事と育児に費やす時間は一日平均八時間。時間給を千円として換算すると、ひと月で二十四万円です」
「フィリシア? いったい何の話を……」
「最後まで聞いてください」
私は静かに言葉を続けた。
「これを……そうですね、五歳から八歳までは半額として、十五歳の今までではおよそ二千三百四万円」
もちろん、単純計算による概算だ。けれど、私がどれほどの時間を家事と育児に費やしてきたのかを理解するには十分だろう。
「それをお父さんは一円たりとも支払っておりません。にもかかわらず、お母さんの維持費として、最低でも月額十二万円という大金をつぎ込んでいることについて、お二人はどのように考えていらっしゃるのでしょうか。今後の支払い予定も合わせてお答え願えますか?」
お父さんが口を開いた。
けれど、私はまだ話を終えていない。
「それに、私はもう十五歳です」
お父さんの動きが止まった。
「お母さんが家を出た年と同じなのです。ですから、いつ誰かに嫁いでも、もちろんお父さんに反対する権利はありません」
「フィリシア!」
「そうなった場合、この家は破綻しますよ? まさか、ご自分たちの都合のために、私を一生この家に縛り付けようなんて考えてはいませんよね?」
お父さんたちが悪人だとは思っていない。ただ、悪意がないから余計に質が悪いのだ。
「さあ、そろそろ現実が見えてきましたよね? ここからはサクッと建設的なお話をいたしましょう」
こうして、お父さんたちの長い蜜月は終わりを迎えたのだ。
* * *
その後、我が家にはさまざまな変化が訪れた。
お母さんは泣く泣くお父さんからの贈り物たちを手放し、なんと髪まで売った。
お父さんはお母さんの実家へと謝罪に向かい、三年間領地で働くらしい。寮生活のため食事付きで、給金は全額我が家へ送金され、私への未払いの賃金は分割払いされるらしい。
お母さんは実家から手配されたマチルダさんという女性から、日々しごかれている。
「ソフィア様は頑健でいらっしゃるから、臨月まで働けますよ!」
と、お墨付きを頂いている。
おかげさまで、私は自由時間というものを手に入れた。
たまに王都のタウンハウスを訪ね、おじいちゃんたちに甘えたりしている。
そんなある日のことだった。目の前で、人が吹っ飛んだ。
王都見学をしていたら、ひったくりに遭ったのだ。
昔取った杵柄、大声という武器を使用したところ、誰かが助けてくれたらしい。
「これ、君のだろ?」
とくん。琥珀の瞳に見つめられ、鼓動がはねた。
新しい出会いのようです。
【End?】
フィリシアが子どもっぽいという感想をいただいたので、冷静で大人びた子にしてみたら、一話で終わりました(笑)。
そして、スマホが故障して画面タッチができません!
かなり動揺しているため、本日はIF小話をお届けします。
これからショップに行ってきます!




