32.渾身の一撃
『うちに来る?』
その一言にこれほどの威力があるとは、言われる側になって初めてわかった。
「……あのとき、断ったくせに」
「まさか、ここまでのご両親とは思わなかったから」
「あー……そうね?」
「フィリシアの両親を伯爵たちに叱ってもらって、ついでに監視の目もつけてもらって、そうしたら幸せな家族としてやり直せるかと思ってた」
じゃあ、今はやり直せないと思っている?
私の疑問に気づいたのか、レイさんが少しだけ困った顔になった。
「その人たちが現実を受け入れて、親として生きられるようになるのって何年後だろうな」
「おい! お前は何を好き勝手に言っている⁉ そもそも誰なんだ、貴様はっ!」
うわ、遅いなぁ。今さら聞くの?
「彼はレイさん。私が引ったくりにあったときに助けてくれて、おじいちゃんのお家まで連れてきてくれて、こうして関わる必要のない家族のいざこざにまでお付き合いしてくれてる、ありえないくらい親切な人だから。あと一言でも汚い言葉をぶつけたら許さないんだからね!」
本当にもう! 私の質問にはまともに答えないくせに、いらないことは言うんだから!
「いや、だがフィリシアだって年頃の娘なんだから気をつけないと」
「その年頃の娘を家政婦か乳母のように扱っているのは、ルパートさん。あなたよね?」
……家政婦さんは立派なお仕事。
でも、おばあちゃんが言っているのはそうじゃないってさすがに分かる。……分かるからつらいなぁ。
「なっ! 家政婦だなんて、あなたはフィリシアを侮辱するのですか⁉」
お父さんが激昂した瞬間、バシリッ! と今日一番の扇の音が響きわたった。
「……どうしてくれるの? あなたのせいで扇が折れたわ」
どんな力で叩きつけたの、おばさん。
「どうしてくれるんだ。妻の手に傷がついたじゃないか!」
「は? いや、そんな私のせいでは」
お父さんが目を白黒させている。完全な言いがかりだ。
「あら、パーシヴァルたちはお上手ね。分かりますか? ルパートさんとやら。言いがかりとはこういうことを言うの。いわゆる事実無根の罪をなすりつける行為よね。でも、フィリシアの件はどうかしら?」
まさか、これも演技⁉
おばあちゃんたちに視線を向けると、おばさんだけがそっぽを向いた。本気だったようだ。
「……あなた方は何か勘違いをしておられる」
「まあ。どのようにかしら」
「私たち家族はお互いを大切にしています。確かに、伯爵家にいるほどの贅沢はできないが、それでも! 愛のある家族なんです!」
……そうだね。大切にしてきたよ? 愛だってある。裕福ではないけど、それでも毎日ご飯も食べられる。
だけどね? そうじゃないんだよ。
「……『ばっかりはずるい』のだと、その娘が訴えておったそうだ」
おじさんはちゃんとおじいちゃんにも伝えてくれたんだね。
自分でも子どもっぽい言い方だなとは思う。でも、今もその思いは変わらない。
「お母さん『ばっかり』お姫様扱いで、お母さん『ばっかり』愛されて。……私『ばっかり』こんなに手が荒れてるんだよ? さっきも聞いたでしょ? どうしてこんなに違うの?」
もう一度、両手をお父さんの顔の前で開いてみせた。
力いっぱい開きすぎて、せっかくふさがりかけていたあかぎれが、少しだけ割れた。
「……申し訳ない。我が家が貧しいから」
「おっさん。そこのおばさんは艶々してるぜ? 別の家に住んでいるのか?」
ああ、破落戸レイさんに捕まった。
「仕方がないのですよ、レイさん。ソフィアの美しさを保つために、家事も育児もフィリシアに任せっぱなしだったのですもの。そう考えると、確かに家政婦ではないわね。だって、ルパートさんはお給金を払っていないものねえ」
「なんと恐ろしい話なんだ。まるで愛人にうつつを抜かして正妻をないがしろにする愚かな男のようなやり口じゃないか」
「本当に。家族の愛を利用して無料奉仕を休みなくさせているのでしょう? 鬼畜の所業だわ」
……すごいわ。みんなの口撃が止まらない。
「まさしく、親失格だな」
あ。おじいちゃんがとどめを刺した。




