30.黒魔術の代償
「……ひどいわ、お母様。私がみっともないだなんて」
「なぁぜ? 見ていて恥ずかしくなるほどのみっともなさじゃないの。それを素直に言葉にしただけですよ。例えるなら……そうね、葬儀の場に真っ赤なドレスを着てくるくらいに非常識で場違い。ね? みっともないでしょう?」
あ、やりそう。喪服よりもこっちが似合うものとか言いそう。思わず想像してしまった。
でも、赤はないかな? 深みのあるブルーとか? さり気なく銀糸の刺繍入りだとか。
「んふっ!」
ん? 変な声が聞こえた。ずっとお母さんをロックオンしていた視線が、おかしな笑いに引き寄せられた。
「どうしたの? おばあちゃん」
「……ブルーのドレスに銀糸の刺繍なのね?」
「あ」
やだ! 声に出てたの⁉
「えっと、本当に葬儀で着てたわけじゃなくて、でも市場へのお買い物にお父さんに買ってもらった白いレースの日傘を差していくお母さんだしな? と思ったら全否定はできなかったというか!」
「あら、やっぱり場違いなのねぇ。どうせ歩く速さすら牛歩並みなのでしょう? 往来にいると迷惑ねぇ」
「いえいえ。だって、お膝の痛いおじいちゃんも歩くのは早くないし、でもみんなそんな当たり前のことで怒らないよ?」
『優雅に散策するソフィアさん』のことは、すでにご近所さんも分かっているし。
「ええ、ええ。時間の流れに人は逆らえないもの。逆らう愚か者は何某かの代償を払っているものですよ。……それで、ルパートさん。ソフィアは、何を代償にして時を止めているのかしら」
代償ってなんだ。代償の意味は分かるけど、質問の意味が分からない。
「おばあちゃん、うちは黒魔術はやってないよ?」
「あらまあ。でも、似たようなことはしているでしょう?」
んん? 魔術と似ていることとは。
「フィリシアもしてもらっただろ? 例えばその髪。ただ切りそろえただけじゃなくて、色々としてもらったんじゃないのか?」
なるほど! マチルダさんが魔法使いなのね? 確かに、着せてくれたきれいなお洋服に似合うように、私を整えてくれたわ。
ざんばら髪をきれいに切りそろえて、香油をなじませ、リボンを結んでくれた。
何よりもお風呂がとっても気持ちよくて、お肌がしっとりすべすべになった。
荒れていた手だって、ずいぶんましになったもの。
「……それなら、我が家の魔法使いはお父さんだわ」
そうよね。お父さんがお母さんにだけ甲斐甲斐しくお世話をすることも不満の一つだった。
お母さんばっかり幸せな世界なのが不満で家を飛び出してきたくせに、色々なことがあり過ぎて、すっかり飛んでしまっていた。
「そう、ルパートさんが。……不思議ねぇ。マチルダはもちろん優秀ですわ。我が家自慢の使用人ですもの。だけどね? それは彼女にとって懸命に励む職務でもあります。だから、彼女は給金を得て、決められた勤務時間の中でその能力を遺憾なく発揮しているの。……それで? 魔法使いのルパートさんは、ソフィアの専属侍女なのかしら」
おばあちゃんの話を聞いていたおばさんが、にやりと笑った。
「確かにね! だって、子どもを七人も産んで、それでも美を保つ。貴族でもなかなかできるものではないわ。それを維持しようとするなら、十分な休息に栄養のある食べ物、そして高価な美容液などを使って外側からケア。やることは盛りだくさん、かかる費用も盛りだくさん、……施術にかかる時間もそれなりに。そうよね?」
「……なるほどな。ルパートがそこまで優秀な侍女……侍従でいいのか。まさか、そこまで優秀だとは知らなかったぞ」
とうとうおじさんまで参戦した。
「して、侍従殿。その給金はどこから賄われたのか教えていただけるだろうか」
三人の視線がお父さんに向いた。
お父さんは、少し口を開きかけるも声が出ない。
仕方がないなあ。怖くなっちゃったのね?
「おじさん。お父さんは侍従じゃないです。ちゃんとお外でお仕事をして、雇い主からお給料をもらってます。お母さんのお世話は……たぶん、趣味? ライフワーク? そんな感じです」
私の答えを聞いて、おじさんが片眉を上げた。おばさんのウインクといい、二人とも器用だ。
「それはおかしい。ソフィアは美しさを保つために家事をしていないのだろう。その手を見たら分かる」
「……そうですね? ご存知のとおり、私がやってますよ?」
「なるほどな。では、その対価はなんだ?」
対価。……家の手伝いなのに?
「何を驚く。ソフィアの美しさを保つのは、ルパートの趣味であり、ライフワークだ。それは構わない。だが、趣味の時間と趣味の維持のためにお前に労働を強いるなら対価が発生する。当然だろう」
「お待ちなさい、パーシヴァル。その趣味こそ悪趣味の極みです。場に合わない装いで無知厚顔に振る舞い続ける母を持つなど、フィリシアに慰謝料が発生するレベルですよ!」
おばあちゃんが、忌々しそうにお母さんを見た。
「あんな歪な生き物を、どうするのです? このままでは永遠にフィリシアから搾取して、家に縛り付け続けるのではなくて? 今のままでは、フィリシアは好いた殿方を見つけても、嫁ぐことすらできませんよ。きっと、弟妹付きでの婚姻ですもの」
「え⁉」
「あなた、可愛いごきょうだいを置いていける?」
それは……置いていけないけど! そもそも嫁ぐ相手なんていないよ⁉
「じゃあ、きょうだいと一緒にうちに来る?」
……レイさんが笑った。




