25.『お母さん』とは。
応接室に向かうと、そこには見事なまでに仏頂面なおじいちゃんと、嬉しそうにニコニコとしたおばあちゃんが待っていた。
「……なぁ、これ入っても叱られない?」
エイデンが警戒するようにみんなを止め、私に小声で聞いてきた。
「大丈夫よ。おじいちゃんがご機嫌ななめなのはお母さんとお父さんにだけだから」
「あ、なーんだ。じゃあ」
エイデンが大きく息を吸い、元気に一歩踏み出した。
「はじめまして! 僕は長男のエイデンです! 今年で九歳になりました。よろしくお願いします!」
「お、おおう?」
あまりにも元気の良いごあいさつだったせいか、おじいちゃんが少し狼狽えた。
しかし、みんなはそんなおじいちゃんの様子を気にすることなく、
「はじめまして、次女のグレースです。十二歳です。素敵な馬車をありがとうございました!」
「ノア、七歳! です! じいちゃんに会えてうれしい!」
と、挨拶が止まらない。ネイサンとバネッサもその後に続き、二歳のエレノアだけは、
「ん!」
と言って、二なのか三なのか微妙に分かりづらいピースサインを見せたので、「この子は末っ子のエレノア、二歳です」と私が紹介した。
「まあ、みんなとっても元気よくご挨拶ができてえらいわ。私は皆さんのおばあちゃまでヴィオレット・エインズワースよ」
「はい! おばあちゃ……ま?」
「うふふっ、うれしいわ!」
とうとう、おばあちゃま呼びを成功させたようだ。
「……私は君たちの祖父、アルバート・エインズワースだ。好きなように呼びなさい」
まあ。おじいちゃんが迂闊なことを言ってしまった。
どうする? じいちゃんでいいかな、おばあちゃまって呼ぶんだからおじいちゃまじゃない? と相談が始まってる。
「じぃじ。バネッサ、ココア飲める?」
ああ、強者バネッサがココアをおねだりした!
「あ! そうだよ、禁断の味! なあ、じいちゃん。どうしてココアは禁断なの?」
すっかり会話が解禁されたと思ったらしい弟妹が、まるでご近所のおじいちゃんと同じように話し出す。
これはいかん! と手をぱん! と叩いた。
「はい、そこまで! このお家は高価なものがたくさんあるわ。大騒ぎして壊したら大変よ? それに、みんなでいっぺんに話し出したらおじいちゃんがお返事できません!」
「はーい。おじいちゃん、ごめんなさーい!」
みんなが流れるように謝罪して、ニカッと笑った。初手はごめんなさいと言えば許されると学習しているあたりが憎らしい。
隣でレイさんがクスクスと笑っている。
「君たちはフィリシアが大好きなんだな」
「すきー!」
「でも、怒ると怖いんだぞ! こないだもさ」
と、やはりいっぺんに喋りだす。
問題児たちの頭をぐりぐりと撫でてやると、きゃあきゃあと嬉しそうだ。どうやらかまってほしかったみたい。
ひとしきりじゃれていると、おじいちゃんが深く溜息を吐いた。
「フィリシアは、まるで母親のようだな」
おじいちゃんの言葉を聞いて、叱られると思って少し身構えていたノアの体から力が抜けた。
「違うよ、じいちゃん。フィリ姉ちゃんが似てるのは、近所のおばちゃんだから!」
そうだよな? とみんなに言うと、口々におばちゃんがいかにすごくて怖いのかを話し出す。
「……では、お前たちにとって、『母親』とはなんだ」
おじいちゃんの質問に、みんながぱちりと瞬きをした。総勢六人が互いに顔を見合わせる。
そして、代表するようにエイデンが口を開いた。
「お父さんが大好きな人?」
これしかないよな、と言わんばかりに、堂々とおじいちゃんに告げた。
それが、我が家でのお母さんの立ち位置だった。




