23.彼の素顔
──あ、お母さんだ。
そうだよね。私が家を飛び出したのは昨日だ。あれから、まだ一日。たったそれだけの間に人が変わるはずがなかった。
でも、やっぱり私は変わったのかも。
だって、お母さんの言葉に今更傷ついている。
レイさんが私の手を強く握り返した。
……ああ、彼と手を繋いでいるから、だから駆け落ち?
「確かに根強い雑草さんだな」
レイさんのつぶやく声を聞いて、思わず笑ってしまった。
「……でしょう?」
大丈夫。私はちゃんと笑えるから。
「おはよ、お母さん。お父さんも」
「ええ、おはようフィリシア。……あら? どうしたのよ、その髪。みっともなくなっちゃって」
「……それは」
「フィリシア。あっち、君の弟妹が泣きそうになってる。行ってあげなよ」
レイさんの言葉で、ようやくグレースたちが馬車から降りてきたことに気がついた。
視線を向けると、みんなの目がみるみる涙で滲んでいく。
「ごめん! みんな!」
「おねえちゃ〜〜〜んっっ!!!」
私の声を皮切りに、みんながすごい勢いで駆けてきた。
「こら! 転んじゃうわよ!」
この台詞、さっきレイさんに言われたな? と思いながら、結局は私も駆け出した。
「ねえちゃん! ぼく、いい子にするから置いてかないで!」
「あたしも! もう、けんかしない! ワガママいわないから!」
「……ふぃりねぇちゃ、いないのや……」
みんなの言葉に涙が溢れた。何も言わなかったら伝わらないのは当然なのに。
「みんな大好き! 置いてってないよ! 大好きだから、みんなで幸せになりたいから冒険したんだよ! みんな、私の大冒険のお話聞く? 聞きたい?」
「……ほんと? いなくならない? ……だって、ふぃり姉ちゃん、お姫様みたい……」
さっき、お母さんは『みっともない』って言ったのになあ。
ふふっ、この子たちはすごい。さっき、ちょっとしぼんでしまった気持ちが、今は幸せでパンパンだ!
「可愛いでしょ? マチルダさんって人が結ってくれたの。みんなもお願いしたらやってくれるわ!」
「……ほんと? あたし、お姫様なれる?」
四歳のバネッサはお姫様が出てくるお話が大好きだ。目をキラキラと輝かせている。
「もちろん! バネッサならもーっと可愛くなっちゃうわよ!」
「……いや、俺たちはかっこいいがいいんだけど」
七歳のノアに可愛いは無用だった。それなら。
「知ってる? ここには、禁断の味『ココア』という飲み物があるわよ」
「知ってる! 聞いたことある! え、俺も飲めるの⁉」
「もちろん! おじいちゃんがちゃーんとみんなの分も用意してくれるよ!」
おお! っと、弟たちの目も輝いた。
「あのね? 私たちも取っておいたの。今朝食べたご飯がすっごくおいしかったから、姉さんの分もちゃんと取っておいたから!」
「……グレース。バカね、ちゃんとお腹いっぱい食べなさい!」
初めて一人っきりで弟妹を任されて不安でいっぱいだっただろうに。それでも私のためにご飯を取っておいてくれたの? もう、どれだけいい子なのよ!
「……ありがとう、うれしい! みんなで一緒に食べよう?」
「──フィリシア!」
突然、自分の名を叫ばれた。
「お前は、こんなにも私たちに心配をかけて、謝罪する気持ちはないのか? お母さんがどれだけ不安に思ったか分かっているのか⁉」
お父さんはどこまでもお父さんだ。
言葉を聞く限り、一応は心配していたのだろう。でも、お母さんが苦しんだことが一番みたいだけど。
「おら、クソジジイ。先にフィリシアの気持ちを聞くのが筋じゃないのか」
……ん⁉ だれ⁉
突然、破落戸のような言葉が聞こえて驚いた。
恐る恐る声がしたほうを見る。……まあ。何ということでしょう。そこにはレイさんしかいません。
彼のことが知りたいとは思った。
だけど、まさかこんな一面があるとは思わなかった!
「……君は誰だ」
「おい。人の話を聞いていたか? お前が口に出していいのは、娘を心配する言葉と! 家出の理由を教えてくれと懇願する言葉の二択だけだ!」




