22.駆け落ち二代目
おいしいごはんは人を幸せにする力があると思う。
「というわけで、おじいちゃんもおじさんもたくさん食べようね!」
爽やかな朝だというのに、食堂に現れたおじいちゃんとおじさんはくたびれていた。
「……フィリシアはよく眠れたか」
「はい、ぐっすり寝たから元気です」
あれ? もしかして二人ともよく眠れなかったのかな?
「おじいちゃん、お母さんに会えるのが嬉しくて眠れなかったんですか?」
「そんなわけあるか! あやつの所業を思い出すたびに腹が立って眠れなかっただけだ!」
わあ。おじいちゃんが朝から元気だ。
「……私もね。一体どこから叱ればいいのかと考えているうちに、あの子が三歳まで遡らないと無理なような気がしてきて」
それはすでに妹への指導ではなく、子育てになるのでは?
「それと……、レイ君。男爵家から先ぶれが届いたよ。今日の午後、君を迎えにくるそうだ」
「え、早いね?」
「ああ。かなりな」
昨日の今日、それも早朝に連絡があるとは思っていなかった。でも、レイさんは分かっていたのかな。
カトラリーの音一つ立てず、丁寧にソーセージを切り分けながら静かに口を開いた。
「承知いたしました。お手数をおかけして申し訳ありません」
返事はたったそれだけ。
そのあとは切り分けたソーセージを口に運び、「フィリシア、このソーセージうまいぞ」と食事を続けたのだ。
そして今、私は玄関前のアプローチの階段に座り込んでいる。
家族を乗せた馬車がいつ到着してもいいように待ち構えているのだけど。
「フィリシア」
「なぁに?」
「なんで怒ってるんだ」
「さあ、なんでかなあ」
なぜか、レイさんまで隣に座っていた。
「……ご近所にね、私と同い年の女の子でマリーっていう子がいるの」
「うん」
「その子はね、人の秘密を見つけるのが大好きで、噂話も大好きで、お話を大きくふくらませてみんなに話すのがもっと大好きなの」
「ははっ、それは怖いな」
「……そうなの。怖いんだよ、怖いしちょっと嫌だった。だから、私はやらないって思ってたのに……さっき、レイさんの考えてること、もっと知りたいなって思っちゃった」
空はとっても青く澄んでいるのに、私の心はどんよりだ。
いつもなら今頃必死にお洗濯をしているのに。そうしたら家の中から誰かの呼ぶ声がして、泣き声まで聞こえてきて大慌てで様子を見に行って。そんな慌ただしい毎日の中では、こんな気持ちにはならなかったはずだ。
王都に来て、私の知らないことがたくさんあったことを知った。
本当はおじいちゃんたちが私たちのことを心配してくれていたこと。
お母さんのせいでおばあちゃんが倒れちゃうくらい大変な目にあっていたこと。
……レイさんに出会って、こんなにも誰かの気持ちを知りたいと思う自分がいたこと。
「フィリシアは俺のことを誰かに言いふらしたかった?」
「まさか、そんなことしないよ?」
「じゃあ、そのマリーさんとは違うだろ」
「……あれ?」
レイさんのことを知りたいと思った。でもそれは、私が知りたいだけで、彼のことを誰かと共有したいわけじゃない。私が──
「あ、あの馬車」
ようやく掴みかけた自分の気持ちが、レイさんの言葉で霧散した。
レイさんが指さした先から、一台の馬車が近づいてくる。
その後ろにもう一台。さらにもう一台。
「……三台も?」
いくらうちが大家族だからって、多くない?
そう思いながら、気づけば私は走り出していた。
どれだけきれいなワンピースを着せてもらっても足元だけは古びたブーツのままだから、どこまでも駆けていけるフィリシアのままだもん!
「フィリシア、転ぶぞ!」
なぜかレイさんまで走ってきたようだ。
彼に腕を取られ、ようやくスピードを緩めた。
じわりと額に汗がにじむ。
馬車は門をくぐり、少しずつ速度を落としながら私の方へと──いいえ、玄関の方へと近づいてきた。
御者さんが私たちに気づき、少し驚いた顔をしながらもさらに速度を落とし、ゆっくりと止まった。
どうしよう、胸がドキドキする。
私の腕を放したレイさんの手を、思わず掴んでしまった。
御者さんが馬車のドアを開けた。
先に降りてきたお父さんは私に視線を向けることなく、続いて降りてくるお母さんに向かって手を差し伸べた。
その手に、お母さんの白くてきれいな指が触れる。
まるでお姫様のように、ゆっくりと降りてきたお母さんと目があった。
「あら、フィリシア。あなたったら、家出じゃなくて駆け落ちだったの?」




