episode40
「おはようございます」
「凛ちゃんおはよー!今日も頑張りましょ!」
次の日、研究室に行くと薫さんと宮野くんがすでにいた。宮野くんと目が合うと、ニコッと歯茎を出して笑った。
「もうすぐ発表会だからね〜!みんなで一致団結頑張ろう!!」
薫さんは立ち上がり、2人分のコーヒーを淹れてくれた。私がお礼をすると、宮野くんも続いてお礼をした。
「やっぱ先輩の作るコーヒーは絶品でっすね!」
「でしょ〜?高校生の時、お母さんが毎日のように作ってくれてさ。おかげで身長が150止まりですよ」
薫さんは皮肉を交えて言った。
「宮野くん、今日ここまで終わらせられる?そしたら明日からがすごく楽になるの」
私はキャスター付きの椅子に乗りながら宮野くんに近づいた。宮野くんは心地よい返事をした。
「あれ?凛さんカラコン変えました?」
「うっそ!よく気づいたね」
目が合った瞬間にそう言ってくれた。私は驚いたが、すぐに椅子を下の位置に戻した。すると薫さんが
「宮野くんよく気付くね〜。あー!もしかして2人って......」
薫さんはきゃー!と叫びながら足を上下にバタつかせた。その姿は本当に乙女のようだった。
私は違うと言いかけたが、隣で宮野くんがジョーク風に呟いた。
「いや......それが、凛さんが大人で素敵すぎて、俺には100年早かったって言うか」
「え!?あ、そうなのね!」
「薫さんは好きな人いないんすか?」
宮野くんが突如訊いた。薫さんは動揺しつつも
「私ね〜。実は———
結婚してるんだ」
「「えっ!?えぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!」」
私と宮野くんは口を揃えて叫んだ。研究室には熊のような鳴き声がした。薫さんは両手で口を押さえて笑った。
「2人に言ってなかったっけ?」
「そんな大事なこと初めて聞きましたよ!」
要約すると、薫さんは大学2年生の冬に6歳年上の会社員と結婚したそう。付き合っていた期間は半年ほど。薫さんが彼のことを好きになりすぎたゆえらしい。
「結婚かぁ......」
私は即座に前を向いて思考を巡らせた。自分が“結婚”する未来がどうしても想像できなかった。腕を組みながら天井を見上げると、天井に埋まっている空気清浄機から激しい音がしていた。ちょうど宮野くんの頭の上にあり、いつも困っている。
「え、それって、薫さんがプロポーズしたんですか……?」
私たちはいつの間にか作業する手を止めていた。
「それ聞いちゃ〜う?そうよ。私からプロポーズしたの」
「そうなんだ。失礼ですが、年齢のこととか、家族とか、反対はなかったんですか?」
「もちろんあったよ〜。まだ大学生だぞ!とか、この先もっと幸せなことがあるぞ!とか。確かに、若くして結婚するってのはリスクもある。自分の未来を制限してしまうかもしれないからね」
「…….」
「でも、自分のこととかどうでもよくなっちゃうくらい、彼を愛してしまったの———って、痛すぎるよね」
薫さんはふふ、と小さく笑った。微かに耳が赤くなっていた。大きな黒縁のメガネがさらに濃く見えた。
「2人もいつかそんな人出会えるよ!私を反面教師に、頑張って!」
彼女のパッとした笑顔は私の心を癒してくれる。宮野くんも自分に喝を入れて作業に取り組み始めた。
「やっぱ仲間の幸せは自分の幸せに直結するんすね!」
「いいこと言うじゃ〜ん!」
私は2人の漫才芸のようなものを見届けてから、体の向きを戻して研究発表の準備を始めた。




