episode39
「なんで、ここに」
「凛ちゃんも来てたんだ」
屋上で、響さんと出会った。
私は黒い柵に腕を乗せて夜の街を眺めていたところだった。響さんは革靴をコツコツと鳴らしながら近づいてきた。そして隣に立ち、同じように腕を乗せた。
「凛ちゃん、久しぶりだね」
響さんは街を見たまま呟いた。私は下を見てるだけ。
「そうですね」
いつから会ってないだろうか。そこまで時間を置いたつもりはないのに、まるで何年も会ってないみたい。ふわっと桃のような甘い香りがした。
「見て。車があんなに小さいよ」
響さんは指差した。
「ほんとですね。いつもはあんなじゃないのに」
「あの高い建物、うちかな」
「なわけないでしょ。ここからなんて見えませんよ」
「そうかな〜。なけなしの財産で買ったからよく見えるはずだぞ」
「出たマウント男」
チラッと隣にいる響さんを見た。同じタイミングで目が合った。私はすぐに目を逸らしたが、ずっと視線を感じる。
「響さん」
「ん?」
ピクッと眉毛を上げた。少し垂れた目が甘えていた。
「ひとつ、聞きたいことがあって」
「なに?」
もう全ての動作から目が離せない。私は意を決して、あの出来事を聞こうと思う。
「私、響さんが退院した日に病院に行ったんです」
「うん」
「それで、その.....見ちゃったんです———
キスしてるところ」
「.....うん」
響さんの視線が離れた気がする。長い黒色のロングコートが冬風になびいていた。私がまだ返していないコートとはまた別のものだった。
「なんで、キスしたんですか?」
「.......」
「答えてください。結局、私みたいな子供じゃなくて、髪も長くて足が長くて顔が小さい品のある女性が好きなんでしょ!?あの人見れば分かるよ......!」
私は響さんを見上げた。何も言わずに、眉を寄せて困った顔をしていた。綺麗な二重目に少し意地悪な唇。
その、唇で......
「あれには訳があって」
「普通、付き合ってる人がいるのに他の人とキスする!?」
「凛ちゃん、話を聞いてくれ.....」
「私はしないです」
「だから話を———」
「しばらく、距離を置きます。もう顔も見たくない」
こんな人、もっと前から大人な女性が好きだった。私はまだ子供で、響さんとなんか釣り合わない。
頬に涙が溢れた。下唇を噛み締めると、しょっぱい味がした。
「......」
何も言わずに屋上から逃げた。扉の前まで来ると、扉に反射してロングコートを着た響さんが写っていた。ここから離れないと、離れないと。
ガチャ




