episode38
「ビールいかがですか〜!」
東京ドームでの野球の試合は一塁側、二塁側、三塁側と席が分かれている。私たちは観客席に座っている人たちにビールを配る仕事をしている。大体の配置が決まっており、長い階段を行き来してビールを配らなくてはいけない。観客が手を挙げてその人の元に向かう。
「すみませーん!」
「いま行きますね!」
正直、この仕事は疲れるし接客も大変。だけどかなりの額を稼げるからどうってことない。
私は基本的に二塁側のグラウンドの近くの方で接客をしている。
「ビール1個!」
「ありがとうございます!」
「お姉さんかわいいね〜」
「いやいや〜」
変なおじさんに絡まれることも少なくない。ネット一枚を挟んだ奥では、投手がボールを投げていた。
「こちらビールです!」
「ほれほれサービスでちょっと多めにあげるからさ〜!」
「いや、こんなことできないので!またのご利用待ってます」
私は少し多めにもらった小銭を客に返しその場から逃げるように離れた。もしあの場で貰っていたら、もっと売り子として働けたかもしれない。だけど、そんな卑怯なマネしたら、今度は本当にこの仕事から追い出されるかもしれない。
「.....ビールいかがですかー!」
全員に平等に接するのが私のやるべきことだった。
♢
「はぁ疲れたー!」
「今日さ、ジジイがちょーうざくて」
「わかるー!」
更衣室のど真ん中で3、4人の女子たちが話していた。
私は彼女たちより離れた場所で着替えをしていた。
「てかさ、売り上げの表見た?」
「え?まだ見てない」
毎日、その日の売り子たちの売り上げ数が数値となり廊下に貼り出されている。この売上によって、次回のバイトに出れるか出られないかが決まっている。
「あの、浦田って子?しばらく居なかったくせに、戻ってきたらあの売上数って。そんなに可愛い?」
女子の1人が聞こえる声でそう言ってきた。私は気にせず鏡の前に行き自分の髪の毛を整えた。すると、鏡にその女子たちが反射した。
「ねぇあんたさ」
「なに?」
「このバイト、辞めたら?」
「え?」
「ブスのくせに生意気な態度取りやがって。上に叱られただけで弱音吐いちゃってさ。辞めると思ったのに、結局顔がいいからって戻ってきて」
「そんな言い方しなくても......」
「自主的に辞めろよ、お前」
「.......」
「や、め、ろ」
彼女はそう言いながらクシャクシャにした紙を投げつけた。自分の足元にはその残骸が残っていた。
私はその場から立ち上がり、走って荷物を取り外に出た。あんなとこにいるくらいなら
「はぁ、はぁ、はぁ!!!」
なんで?私何か悪いことした?結局みんな、裏ではそう思ってる。上にも叱られて、同期にまであんなこと言われて。私って、そんなにいらない人間なの?
ドームの外に出ると、星が目立っていた。
「はぁ」
白い息がドームを隠した......って、前にもこんなことあったっけ。
私は立ち上がり、ある場所まで行くことにした。
目指す場所はあそこしかない。
初めて響さんと出会ったところ。
ガチャ
扉を勢いよく開けた。ここのビルは廃墟のようなもので、警備も施されていないため簡単にビル内に入れる。私はスッと中に入りエレベーターを使って屋上まで来た。
「......」
扉を開けたらまず右側に小さな建物がある。そのせいで屋上全体はまだ見渡せない。少し進めば、屋上の全てを見れる。
「なんで」
屋上の1番奥の手すりの前で、1人の人が立っていた。その人はスーツを着ていて、黒っぽい革靴を履いていた。身長は高くて顔は小さい。タバコを咥えながら、こちらを見た。
「.......」
彼は優しく微笑んだ。




