第63話 午前六時の北第七码頭
第63話は、北第七码頭・事前観測パスの初日です。
ユウトは午前六時、上位プレイヤーたちより先に現場へ入り、運用縮小候補の四地点を回ろうとします。しかし最初の休憩棟で待っていたのは、すでに“切る判断”を進めている競合プレイヤーでした。
午前五時五十八分。
北第七码頭・東ゲート。
相馬ユウトは、巨大なコンテナクレーンを見上げていた。
まだ朝なのに、港は動いている。
低く鳴るエンジン音。
フォークリフトの警告音。
コンテナを吊り上げる金属音。
海から吹く湿った風。
そして、すでに暑い。
「……朝から、これか」
スマホには、北第七码頭・事前観測パスの表示。
『開始まで:00:01:47』
『観測対象:4地点』
『A:第3作業員休憩棟』
『B:待機車両用給水スポット』
『C:港湾外周・日陰ベンチ区画』
『D:近隣住宅地・簡易避難スペース』
『競合プレイヤー:検出』
ユウトは、ゲート横の地図を見る。
北第七码頭は広い。
Aの休憩棟は、コンテナヤードの中央寄り。
Bの給水スポットは、待機車両の列の近く。
Cの日陰ベンチは、港湾外周の歩道沿い。
Dの避難スペースは、港の外、住宅地の入口。
全部回るだけでも時間がかかる。
しかも、競合プレイヤーがいる。
「まずはAだな。」
第3作業員休憩棟。
FROST-9が最初に縮小候補として挙げた場所。
大きな施設ではない。
作業員が短時間休むための簡易棟。
全体の冷却効率だけを考えれば、切りやすい。
でも、作業員が使うなら、切ってはいけないかもしれない。
『北第七码頭・事前観測パス開始』
午前六時。
スマホが鳴る。
『観測ログを開始します』
ユウトは走り出した。
◇
第3作業員休憩棟は、コンテナの影にあった。
プレハブのような小さな建物。
入口には、作業員用のヘルメット置き場。
壁には、冷却ユニットの排気口。
中からは、すでに人の声が聞こえる。
しかし。
入口の前には、白い簡易フェンスが立てられていた。
『本日9:00より
冷却出力を40%へ縮小予定』
「もう始まってる……」
ユウトが近づくと、フェンスのそばに立っていた人物が振り返った。
赤茶色の短髪。
黒い冷却ベスト。
首元には、赤いバンド付きの端末。
「遅いな。」
ユウトは、その人物の端末表示を見た。
『HEATWAVE-3』
都市圏ランキング3位。
「あなたがHEATWAVE-3?」
「そう。
相馬ユウトだな。」
「俺のこと、知ってるんですか。」
「FROST-9が連れてきた新人を、知らないわけがない。」
HEATWAVE-3は、休憩棟のフェンスを指した。
「ここは九時から40%に落とす。
昼までに余力を作らないと、港湾全体が持たない。」
「もう、決めたんですか。」
「決めた。」
「現場の人には聞きました?」
「聞いた。」
HEATWAVE-3は、あっさり答えた。
「朝の利用は少ない。
九時以降のピーク前に、近くの第2休憩棟へ誘導できる。
歩いて四分。
暑いなら、移動用の給水も増やす。」
「四分……」
真昼なら、四分は短くない。
「今は朝です。」
HEATWAVE-3は、ユウトを見る。
「でも、予測では十一時には体感温度が四十度を超える。
そのとき、ここを100%で動かしていたせいで、もっと大きい休憩棟が落ちたらどうする?」
反論しにくい。
HEATWAVE-3の判断は、冷たいだけではない。
移動先を用意し、給水も増やしている。
切る代わりに、最低限の代替を作っている。
「じゃあ、40%にする前に、利用状況をもう少し見せてください。」
ユウトが言った。
「九時からの縮小なら、朝の作業員がどれくらい使うか、動線がどこへ流れるかを確認できます。」
「確認して、何が変わる?」
「第2休憩棟へ行けない人がいれば、ここを完全に下げない方法を考える。」
「例えば?」
「短時間用だけ残す。
入口側の冷却を残す。
移動できない人向けに、優先席を作る。
あるいは、同じ出力でも使い方を分ける。」
HEATWAVE-3は、少しだけ笑った。
「FROST-9が言っていた通りだな。」
「何て?」
「お前は、切る場所に“残し方”を持ち込むって。」
「……FROST-9、何をどこまで話してるんだ」
「全部ではない。
でも、協働運用を作ったプレイヤーだとは聞いている。」
HEATWAVE-3は、フェンスの一部を開けた。
「見てこい。
ただし、九時の縮小は変えない。
変えたいなら、九時までに“第2休憩棟へ移せない人”を数字で出せ。」
「数字で?」
「広域案件だ。
感想ではなく、人数と時間と移動距離を出せ。」
「分かりました。」
ユウトは、休憩棟の中へ入った。
◇
室内は、すでに少し混んでいた。
壁際のベンチ。
給水機。
冷却風が出る小さな送風口。
壁には、作業予定表。
コンテナヤードで働く人たちが、短い休憩に入っている。
ヘルメットを外して水を飲む人。
目を閉じて座る人。
スマホで次の指示を確認する人。
ユウトは、入り口近くの作業員に声をかけた。
「すみません。
この休憩棟、九時から冷却が40%になる予定なんですが……」
「知ってるよ。」
男性は、汗をぬぐいながら言った。
「朝のミーティングで言われた。」
「第2休憩棟へ移動する案が出てます。」
「第2?」
男性は苦笑した。
「歩ける人ならな。」
「歩けない人がいる?」
「足を痛めてるやつ。
荷役で腰をやってるやつ。
暑さに弱いけど、休むと日当が減るから来るやつ。」
ユウトは、メモを取る。
「どれくらいいますか?」
「ここで休む人の中なら、毎回三、四人はいるんじゃないか。」
「九時以降も?」
「むしろ九時以降の方が多い。」
別の女性作業員が会話に入る。
「第2休憩棟が遠いのもあるけど、途中の通路が日向なんだよ。
四分って言うけど、コンテナの間を回るから、荷物を持ってたらもっとかかる。」
「給水を増やす案もあるそうです。」
「水は助かる。
でも、休める場所が遠いのとは別。」
ユウトは、入口の外を見る。
確かに第2休憩棟の方向には、広いコンテナヤードがある。
影は少ない。
大型車両も通る。
歩ける人なら四分。
でも、疲れている人、痛みのある人、荷物を持つ人には違う。
「ありがとうございます。」
ユウトは、室内を一周した。
利用者は、六時台だけで十四人。
うち四人が、足や腰の不調を口にした。
二人は、熱中症歴があると言った。
ほかにも、短時間だけ座ってすぐ現場へ戻る人がいる。
小さい休憩棟。
でも、ただの余力ではない。
「……短時間利用が多い」
ユウトは、ログを確認する。
『第3休憩棟
平均滞在:8分12秒』
長居は少ない。
それでも、八分間の冷却が、現場へ戻るための回復時間になっている。
ユウトのスマホが震えた。
『観測ログ:A地点
利用者情報を確認』
『優先提案権まで:
現場代替案の提出が必要』
「まだ、BもCもDもある」
時計を見る。
午前七時二十二分。
九時まで一時間半以上ある。
全地点を見るには、急がなければならない。
ユウトが出口へ向かうと、HEATWAVE-3が待っていた。
「数字は取れたか?」
「少し。」
「結論は?」
「40%縮小をやめろとは、まだ言いません。」
HEATWAVE-3が少し意外そうに見る。
「でも、入口側の短時間冷却は残したい。
利用者の中に、第2休憩棟まで移動しにくい人がいる。」
「何人?」
「朝の時点で四人。
九時以降は増える可能性が高い。」
「可能性では通らない。」
「だから、次の地点を見て、代替の導線も含めて出します。」
HEATWAVE-3は、しばらくユウトを見た。
「九時までだ。
それまでに案が出なければ、予定通り40%。」
「分かりました。」
ユウトは走り出す。
次はB。
待機車両用給水スポット。
◇
午前七時四十八分。
待機車両用給水スポット。
そこは、港に入る配送車両が列を作る場所だった。
大型トラック。
軽配送車。
冷蔵車。
運転手たちが、車内で順番を待っている。
給水スポットは、簡易テントの下にある。
給水機が二台。
小さなミストノズル。
折り畳み椅子が六脚。
しかし、そこにはすでに別のプレイヤーがいた。
灰色のジャケット。
細いフレームのサングラス。
端末には、水色の表示。
『RIVER-EDGE』
都市圏ランキング5位。
RIVER-EDGEは、給水機の前に立ち、テントの屋根を見ていた。
「相馬ユウト。」
ユウトが近づくより先に、名前を呼ばれた。
「はい。」
「遅い。」
「みんな、同じこと言いますね。」
「順位が下なら、先に来るしかない。」
RIVER-EDGEは、給水スポットの表示を見せた。
『本日12:00より
ミスト運転を停止
給水機を1台へ縮小』
「ここも切るんですか。」
「切る。」
「理由は?」
「冷却効率が悪い。
車両の排熱でミストが散る。
待機車両はエアコンを使える。
給水は近くの管理棟にもある。」
「運転手に聞きました?」
「聞いた。」
RIVER-EDGEは、車列の方を見る。
「ここを使う人の大半は、給水だけ。
椅子はほぼ使われない。
ミストは、気持ちいいという程度。」
「じゃあ、縮小しても問題ない?」
「そう考えている。」
ユウトは、テントの下を見る。
たしかに、椅子は空いている。
でも、そのとき。
大型トラックの運転席から、ひとりの男性がゆっくり降りてきた。
年配の運転手。
背中を押さえている。
給水機で水を取り、椅子へ座る。
座ったまま、目を閉じた。
八分。
十分。
やがて、男性は立ち上がり、ミストの下で首筋を冷やす。
RIVER-EDGEは、その様子を見ても表情を変えない。
「例外はある。」
「例外じゃないかもしれません。」
ユウトは、車列を見る。
冷房をつけたまま待っている車。
燃料を節約するため、エンジンを切って窓を開けている車。
車外でストレッチする人。
「エアコンを使える人ばかりじゃない。
待機時間が長い人ほど、燃料を気にして止める。」
「なら、管理棟へ行けばいい。」
「大型車を待機列から抜けて、また戻るんですか?」
RIVER-EDGEは、少し目を細めた。
「そこまで確認していない。」
ユウトは、初めて少し強い声で言った。
「ここは、ただの“給水スポット”じゃない。
待機列を抜けられない人が、短時間で体を戻す場所です。」
「証明できる?」
「します。」
ユウトのスマホが震えた。
『競合プレイヤー:RIVER-EDGE
縮小提案の事前登録を検出』
『B地点・運用縮小まで:00:39:58』
「四十分……」
RIVER-EDGEは、端末をしまった。
「証明できれば、私は提案を撤回する。
できなければ、ミスト停止と給水一台化だ。」
「分かりました。」
ユウトは、車列へ向かう。
残り時間。
Aの縮小まで、約一時間。
Bの縮小まで、四十分。
CとDはまだ見ていない。
そのとき、スマホに新しい通知が出る。
『競合プレイヤー MIST CROWが、
D地点・近隣住宅地簡易避難スペースで
完全停止案を提出しました』
『D地点・決定まで:00:29:42』
「……三つ同時かよ」
ユウトは、北第七码頭の地図を見た。
A。
B。
C。
D。
自分は一人。
競合は複数。
そして、縮小案は待ってくれない。
そのとき、スマホの協働運用チャットが震えた。
『ハル:
北第七码頭の競合ログ、見た。
今、どこだ。』
『ナギ:
設備図なら遠隔で見られる。
必要なら送る。』
『蒼真:
人を集めて話聞くなら、俺も行く。
片瀬さんに連絡して、港の入構手続き確認中。』
ユウトは、画面を見つめた。
一人で来いと言われたわけではない。
FROST-9は、現場を見てこいと言った。
そして、ユウトの強みは最初から一人で走ることではなかった。
「……みんな、手伝ってください。」
ユウトは打ち込む。
『ユウト:
Aは休憩棟。
Bは給水スポット。
Dは避難スペース。
競合が縮小を進めてる。
俺一人じゃ、間に合わない。』
すぐに返信が来る。
『ハル:
Aの第2休憩棟への動線を見る。
移動できない理由を測る。』
『ナギ:
Bのミストを低出力で残す案を作る。
車列の排熱と給水機の電力を確認する。』
『蒼真:
Dへ行く。
住民と話す。
完全停止前に、使ってる人を出す。』
『片瀬:
港の管理側へ連絡する。
外部協力者としての入構を通す。
ただし、無理はしないで。』
ユウトは、少しだけ笑った。
「協働運用、港でも使えるか」
だが、次の瞬間。
FROST-9から直接メッセージが来た。
『あなたは一人で観測する条件だったはず。』
ユウトの指が止まる。
その下に、もう一通。
『協力者を入れるなら、事前観測パスを失効させる可能性がある。』
Aの縮小まで、残り58分。
Bの縮小まで、残り37分。
Dの完全停止決定まで、残り27分。
ユウトは、協働運用の仲間たちの画面と、FROST-9の警告を見比べた。
上位プレイヤーのルールに従うか。
自分のやり方を貫くか。
北第七码頭の朝は、もう待ってくれなかった。
第63話では、ユウトが北第七码頭で最初の二地点を観測し、上位プレイヤーたちがすでに運用縮小を進めていることを知りました。
今回のポイントは、以下です。
A地点・第3作業員休憩棟では、HEATWAVE-3が9時から冷却出力40%への縮小を進めている
ユウトは、利用者の多くが短時間で休む一方、第2休憩棟への移動が難しい人がいることを確認した
B地点・待機車両用給水スポットでは、RIVER-EDGEがミスト停止と給水機一台化を提案している
運転手の中には、燃料節約のため車内冷房を使えず、待機列を抜けられない人もいる可能性が見えてきた
D地点・近隣住宅地の簡易避難スペースでは、MIST CROWが完全停止案を提出し、決定まで残り30分を切った
ユウトは一人では間に合わないと判断し、協働運用のハル、ナギ、蒼真、片瀬へ助けを求めた
しかしFROST-9から、「協力者を入れるなら事前観測パスを失効させる可能性がある」と警告された
第63話では、ユウトが初めて“広域案件の競争”の厳しさに直面しました。
競合プレイヤーたちの案は、単純に冷酷なものではありません。HEATWAVE-3は移動先と給水を準備し、RIVER-EDGEも利用状況を確認した上で縮小案を出しています。それでも、現場の細かな困りごとまでは拾い切れていません。
次回は、ユウトがFROST-9のルールを守って一人で戦うのか、それとも事前観測パスを失うリスクを負って協働運用を持ち込むのかを決めます。
D地点の完全停止決定まで残りわずか。ユウトの選択が、北第七码頭での5.000 CC案件への参加資格そのものを左右します。
原案・構想:マスター
物語構成・本文作成:リアル(Perplexity)




