第55話 冷やす場所、守る人
第55話は、緊急保守モード残り3分30秒から始まる、夜間配送待機所編の大きな山場です。
D-2を解除し、冷却を再配分できれば、配送員の寒さと温度管理が必要な荷物の両方を守れるかもしれません。けれど、会場中央のV-3Aは再び動き始め、誰かの遠隔制御が最後の障害として立ちはだかります。
第55話 冷やす場所、守る人
『緊急保守モード有効時間:03:30』
ユウトは、軽バンの助手席でD-2の解除キーを握りしめていた。
窓の外を、夜の倉庫街の光が流れていく。
ナギがハンドルを握る。
「あと一分半!」
「急いで。でも飛ばしすぎないで!」
「分かってる!」
街外れの夜道は、昼より危ない。
大型トラック。
荷物を運ぶ作業員。
暗い横断路。
急げば急ぐほど、見落としが増える。
ユウトのスマホは、ずっと警告を出していた。
『V-3A:制御応答なし』
『共同冷却ライン負荷:85%』
『緊急保守モード:02:48』
「85……上がってる」
「中央噴霧が動き始めてる」
ナギが言う。
「V-3Bを止めても、V-3Aが全開へ戻ったら意味がない。」
「でも、D-2を開ければ、待機所側の無駄な冷気を止められる。」
「そのあと、再配分。」
「間に合う。」
ユウトは、自分に言い聞かせるように言った。
「間に合わせる。」
◇
夜間配送待機所。
軽バンが搬入口脇に止まる。
ハルはすでに、D-2の前で待っていた。
搬入口の上。
古い金属製の点検口。
その奥に、手動ダンパーのレバーがある。
「キー!」
ユウトは、車を降りるなり鍵を投げた。
ハルが片手で受け取る。
「残り!」
「二分!」
『緊急保守モード:01:58』
蒼真が、台車を押す配送員たちを誘導している。
「搬入口、三十秒だけ空けて!
保冷指定のコンテナは青いラインへ!
それ以外は壁際に寄せて!」
「また調整か?」
「止めないための調整だ!」
蒼真の声が倉庫に響く。
片瀬は、待機所側の表示板の前にいる。
片手にはタブレット。
もう片方には、無線機。
「D-2が開いたら言って!
待機所側の送風を下げる!」
「了解!」
ハルは脚立を上り、点検口を開けた。
ガコン。
奥から、古い金属の匂いがする。
「鍵穴、見えた!」
「入りますか?」
ユウトが下から聞く。
「……入る。」
カチ。
鍵が回る。
だが、レバーは動かない。
「固い!」
「押すんじゃなくて、一回手前に引け!」
ナギが設備図を見ながら叫ぶ。
「ロック解除は、時計回りじゃない。
反時計回りに少し戻してから、下へ!」
ハルが力を調整する。
ギギギ……。
『緊急保守モード:01:24』
V-3Aの負荷表示が上がる。
『共同冷却ライン負荷:88%』
「早く!」
ユウトの喉が乾く。
そのとき、レバーが急に動いた。
ガンッ!
「開いた!」
ハルの声。
同時に、施設中の空気の流れが変わった。
待機所の天井換気口から出ていた冷たい風が、少し弱くなる。
仮置きスペースの奥では、保冷コンテナ側に冷気が集中し始めた。
『D-2:解除確認』
『緊急保守モード:01:03』
「今です!」
ユウトは待合所の保守端末へ接続したスマホを開く。
画面には三つの配分バー。
『待機所』
『仮置きスペース』
『会場噴霧 V-3A』
手動再配分。
数字はパーセントで動く。
現在は、こうなっていた。
『待機所:41%』
『仮置きスペース:37%』
『会場噴霧 V-3A:22%』
「待機所が多すぎる」
ナギが言う。
「仮置きが足りない。
しかもV-3Aに22%も取られてる。」
「会場は閉まってるんですよね」
「閉まってる。
でも中央噴霧の系統だけ、止められない。」
「じゃあ、最低限だけ残す。」
ユウトは、片瀬へ声をかけた。
「片瀬さん!
待機所の目標温度、何度ですか!」
「二十三度!」
「仮置きは!」
「七度以下を維持!」
「ハル!
会場側は、最低どこまで落としてもラインが保てますか!」
「V-3Aは完全停止だと圧が戻る危険がある!
8%は残せ!」
「8%……」
残り、46秒。
ユウトは、バーを動かす。
『待機所:28%』
『仮置きスペース:64%』
『会場噴霧 V-3A:8%』
「実行!」
指が画面を押す。
『手動再配分を実行しますか?』
「実行!」
画面が固まる。
一秒。
二秒。
長い。
『緊急保守モード:00:29』
「頼む……!」
待機所の表示板が切り替わる。
『待機所:20.2℃』
「上がってる!」
ナギが言う。
『仮置きスペース:6.6℃』
「保冷は維持!」
片瀬が叫ぶ。
『会場噴霧 V-3A:低出力へ移行』
ユウトは息を止める。
『共同冷却ライン負荷:76%』
「下がった!」
ハルが点検口から身を乗り出す。
「76だ!」
あと少し。
しかし、スマホには別の表示が出ていた。
『V-3A:外部制御競合を検出』
『遠隔操作者が出力変更を要求しています』
「まだ誰かが触ってる!」
ユウトの背中を冷たいものが走る。
画面の会場噴霧バーが、勝手に動き始めた。
『V-3A:8% → 12%』
「戻される!」
「止めろ!」
蒼真が叫ぶ。
「止める権限がない!」
ユウトは画面を叩く。
『外部制御競合』
『管理者ID 00と別の権限が接続中』
「別の権限?」
ナギが息をのむ。
「誰かが、今この瞬間にラインへ入ってる。」
会場噴霧V-3Aの値が、さらに上がる。
『12% → 16%』
負荷が上昇。
『共同冷却ライン負荷:79%』
「まずい!」
その瞬間、待機所の照明が一度消えた。
パッ。
非常灯だけが点く。
配送員たちのざわめき。
「停電か?」
「荷物、大丈夫か!」
片瀬が無線機へ叫ぶ。
「仮置き側の照明確認!
保冷コンテナの表示を見て!」
数秒後、返事が来る。
『片瀬さん、保冷側は生きてます!
でも待機所の照明だけ落ちてます!』
「待機所の系統だけ?」
ユウトは、表示板を見る。
『待機所:21.1℃』
『仮置きスペース:6.7℃』
『会場噴霧 V-3A:16%』
冷却は動いている。
なのに、照明だけが落ちた。
「外部操作者は、冷却だけじゃない」
ナギの声が硬くなる。
「施設の系統を試してる。」
そのとき。
ユウトのスマホへ、匿名メッセージが届いた。
『匿名:
やめろ。
その配分では、配送側を守れても、待機所の人が危ない。』
ユウトは画面を見つめる。
「危ない……?」
続けて、もう一通。
『匿名:
待機所の非常換気が止まっている。
照明が落ちたのは、警告だ。』
ハルが点検口から降りてくる。
「非常換気?」
片瀬が青い顔になる。
「待って。
非常換気が止まれば、待機所の空気は循環しない。
人が多い状態で扉を閉めたら……」
「二酸化炭素濃度が上がる」
ナギが言う。
ユウトは、待機所の中を見る。
配送員たち。
仮眠していた人。
寒さから逃れて、今ようやく少し楽になり始めた人たち。
冷却を調整できた。
荷物も守れそうだ。
でも今度は、空気そのものが危ない。
スマホに、新しい警告が出る。
『待機所・非常換気:停止』
『復旧優先度:最上位』
そして、その下に選択肢。
『冷却再配分を維持する』
『待機所を一時退避させる』
『非常換気の手動復旧を試みる』
ユウトは、暗くなった待機所を見た。
0.100 CC。
倍率×1.4。
累計1.0 CCを越えるかもしれない勝負。
けれど、目の前には数字より先に守るべき人がいる。
「……全員、外へ誘導します」
ユウトは言った。
「蒼真さん、配送員に声をかけて!
片瀬さん、仮置き側に人が入れる安全な場所はありますか!」
「ある!
でも、保冷区画の外側だけ!」
「ハル、ナギさん。
非常換気の手動復旧、見に行きましょう!」
ハルが、短くうなずく。
「今度は、急ぐぞ。
でも、勝手には触らない。」
暗い待機所の奥で、どこかの換気扉が――。
ガタン、と鳴った。
第55話では、D-2の解除と冷却の手動再配分に成功しながらも、外部制御の競合によって新たな問題が発生しました。
今回のポイントは、以下です。
ユウト、ハル、ナギ、蒼真、片瀬が役割分担し、緊急保守モードの残り時間内にD-2を解除した
冷却配分を「待機所28%、仮置きスペース64%、会場噴霧V-3A 8%」へ変更
共同冷却ライン負荷は88%から76%まで低下し、待機所の温度も20.2℃へ上昇、仮置きスペースは6.6℃を維持した
しかし、別の外部操作者がV-3Aの出力を上げ始め、施設の待機所照明が落ちた
匿名メッセージにより、待機所の非常換気が停止していることが判明した
ユウトは報酬や冷却配分を優先せず、配送員を一時退避させながら非常換気の復旧へ向かうことを選んだ
ユウトは、今回も「数字を稼ぐために人を危険に置く」選択をしませんでした。
冷却を整え、荷物を守るところまで成功しても、待機所にいる人たちの空気が危ないなら、そこで勝負を続ける意味はないからです。
次回は、暗くなった待機所の非常換気をめぐる緊急対応になります。
誰が外部操作をしているのか、なぜ待機所の系統だけを狙うのか。そして、ユウトたちは冷却ラインと人の安全を両方守ったうえで、0.100 CC級のチャレンジを完走できるのか。最後の局面が近づいています。
原案・構想:マスター
物語構成・本文作成:リアル(Perplexity)




