第54話 遠隔起動まで十分
第54話は、会場噴霧V-3の遠隔起動まで10分という危機から始まります。
D-2解除キーを手に入れたユウトは、待機所へ戻るべきか、会場のミストを止めるべきか、そして待合所に残る謎の声を追うべきか――三つの選択を迫られます。
『会場噴霧 V-3
遠隔起動まで:00:09:59』
旧待合所の機械室。
ユウトのスマホ画面に、赤い数字が点滅していた。
9分42秒。
9分41秒。
9分40秒。
手には、D-2の解除キー。
待機所の搬入口側ダンパーを動かすために必要な鍵。
それを使えば、夜間配送待機所の冷気の逃げを抑えられる。
けれど、会場噴霧V-3が遠隔起動すれば、共同冷却ラインの負荷は再び跳ね上がる。
「どっちに行く?」
ナギが言った。
言葉は短い。
でも、意味は重い。
「待機所へ戻るなら、D-2を開けられる。
会場へ行くなら、V-3の起動を止められるかもしれない。」
「両方には行けない」
ユウトは、機械室の地図を開いた。
旧待合所。
会場。
夜間配送待機所。
三地点が、共同冷却ラインでつながっている。
そして、どこかにいる誰かが、V-3を遠隔起動しようとしている。
「……待って」
ユウトは、スピーカーを見た。
昼に救急搬送された高齢男性と同じ声が、そこから流れた。
『D-2を開ける前に、V-3を確認しろ』
声の主は、V-3が危険だと知っている。
「ナギさん。
V-3って、会場に行かないと止められないんですか?」
「遠隔で起動するなら、遠隔で止められる可能性もある。
ただし、権限が必要。」
「旧待合所の制御盤からは?」
「……配線図を見る限り、待合所は旧ラインの保守拠点。
V-3の状態確認くらいならできるかもしれない。」
「なら、ここで止める方法を探す。」
ユウトは決めた。
「会場にも待機所にも走らない。
まず、この待合所からV-3を止める。」
「できる保証はない」
「走って間に合わないよりは、可能性がある。」
ナギは一度だけうなずいた。
「分かった。
私は配線図を見る。
ユウトは制御盤を探して。」
残り、8分51秒。
◇
機械室の制御盤は、青い工具箱の奥にあった。
錆びた扉。
色褪せたスイッチ。
薄い液晶画面。
表示されている文字は、ほとんど読めない。
『共同冷却ライン保守端末』
『待合所 M-1』
『会場噴霧 V-3』
『配送中継 D-2』
「全部つながってる」
ユウトは息をのんだ。
画面の右下には、小さな警告マーク。
『外部制御予約:V-3』
『実行時刻:20:12』
「外部制御予約って……」
「誰かが、起動時間を登録している」
ナギが制御盤の横にしゃがみ込んだ。
「しかも、この端末からならキャンセルできるかもしれない。」
「やりましょう。」
「待って。
古い設備は、キャンセル操作が“起動命令の上書き”になる場合がある。
下手に触ったら、V-3だけじゃなくD-2の制御まで飛ぶ。」
ユウトの手が止まる。
残り、7分58秒。
「なら、どうすれば」
「権限レベルを確認する。」
ナギは画面のメニューを操作する。
薄い画面に、古いログが並んだ。
『V-3 起動予約』
『登録者:管理者ID 00』
『認証:旧保守権限』
「管理者ID、ゼロゼロ」
ユウトは口にした。
「誰のIDですか?」
「分からない。
でも、普通の現場責任者の権限じゃない。」
そのとき、制御盤の下から、またスピーカーのノイズが聞こえた。
ジジ……。
『……聞こえるか』
ユウトは顔を上げた。
「聞こえます!」
今度の声は、昼より近く聞こえた。
『V-3は止めるな』
「え?」
ナギの表情が変わる。
『止めれば、配送中継の圧が一気にD-2へ逃げる。
鍵を入れた瞬間に、搬入口側が危なくなる。』
「じゃあ、どうしろっていうんですか!」
ユウトは思わず叫んだ。
だが、返事はすぐに来なかった。
ジジ……。
『V-3を“止める”んじゃない。
“分けろ”』
「分ける?」
ナギが配線図を広げる。
「待って……V-3の噴霧ラインは、会場中央と周辺部で二系統に分かれている。」
「昼にミストが出ていた場所?」
「そう。
中央だけ使うなら、周辺部を切ればいい。
完全停止じゃなく、低出力運転に落とす。」
「でも、会場はもう閉まっている」
「閉まっているからこそ、中央だけで十分なのかもしれない。」
ユウトは制御盤を見た。
画面には、二つの項目がある。
『V-3A:中央噴霧』
『V-3B:周辺噴霧』
どちらも、起動予約になっている。
「V-3Bだけキャンセルする?」
「それなら全体制御への影響は小さいかもしれない」
「かもしれない、か」
「古い設備だから。」
残り、6分21秒。
ユウトのスマホが震えた。
『限定チャレンジ:緊急分岐』
『選択してください』
『A:V-3全系統を停止する』
『B:V-3周辺噴霧のみを低出力化する』
『C:外部制御予約を維持する』
「……また選択肢か」
ユウトは、画面を見つめた。
Aなら、負荷は確実に下がる。
だが、声の主は危険だと言った。
Cなら、何もしない。
でもV-3が全開で動けば、待機所の余力が削られる。
残るのはB。
ただし、Bは中途半端な選択ではない。
完全に止めず、必要な分だけ残す。
それは、これまでユウトが繰り返してきた“冷やしながら守る”選択だった。
「Bです」
ユウトは押した。
『B:V-3周辺噴霧のみを低出力化する』
制御盤に、新しい確認画面が表示される。
『V-3B 制御変更』
『周辺噴霧:停止』
『中央噴霧:低出力維持』
『実行しますか?』
「実行。」
ユウトが押す。
画面が、一度真っ暗になる。
ブゥゥゥン……。
待合所の冷却装置の音が、少しだけ変わった。
ナギが端末を見る。
「負荷……下がってる。」
『共同冷却ライン負荷:82%』
『夜間配送待機所・余剰容量:残り7%』
「三パーセント戻った!」
ユウトは息を吐く。
しかし、画面には新しいエラーが出ていた。
『V-3B:停止確認』
『V-3A:制御応答なし』
「中央噴霧が応答しない?」
ナギが言う。
「外部制御予約の一部が残ってる。」
「でも、負荷は下がった」
「今はね。
でも中央噴霧が勝手に全開へ戻る可能性がある。」
そのとき、スピーカーからまた声が流れた。
『それでいい。
V-3Bを落とせば、D-2を開ける余地ができる。』
「あなたは誰なんですか」
ユウトは、制御盤へ向かって言った。
『なぜ俺たちのことを知ってる。
なぜ、設備のことを知ってる。』
ノイズ。
そして、少しだけ長い沈黙。
『昔、この線を作った者だ』
ユウトとナギが、顔を見合わせる。
『待合所も、会場も、配送待機所も。
人が暑さで倒れないように、夜でも休めるように……そうしてつないだ。』
「あなたが?」
『だが、維持する人間がいなくなった。
記録だけが残り、仕組みだけが残り、いつの間にか“誰のための線か”が消えた。』
声が途切れる。
ユウトは、昼に救急車へ乗せられた高齢男性を思い出す。
あの人が、この共同冷却ラインを作った人物なのか。
「あなたは、あの待合所にいた人ですか?」
返事はない。
代わりに、制御盤の画面に新しい案内が表示された。
『管理者ID 00:緊急保守モードを一時開放』
『D-2解除後、配送中継の出力を
手動で再配分できます』
「手動で再配分?」
ナギが読み上げる。
「D-2を開けたあと、待機所・仮置き・会場のどこにどれだけ冷却を回すかを選べる。」
「なら、待機所を寒すぎない温度にして、荷物の冷却を維持できる」
「できるかもしれない。」
残り、4分18秒。
ユウトは、片瀬へ通信をつなぐ。
「片瀬さん、聞こえますか!」
『聞こえる。
こちらは余剰7%まで戻った。
でも大型便はまだ入ってきてる。』
「D-2の解除キーを持っています。
V-3Bを止めて、D-2を開ける余地を作りました。」
『本当に?』
「ただし、D-2解除後は出力の手動再配分が必要です。」
『操作は誰がする?』
ユウトは、制御盤を見た。
旧待合所。
会場。
配送待機所。
遠く離れた三地点の冷却を、この古い端末で決める。
「俺がやります」
言った瞬間、自分でも少し驚いた。
片瀬が沈黙する。
『相馬くん。
それは、現場の責任者でもない君が決めるには重すぎる。』
「分かっています。」
ユウトは息を吸う。
「だから、数値を見て俺が勝手に決めるんじゃない。
片瀬さん、ハル、ナギさん、それぞれの現場の声を聞いて動かします。」
通信の向こうで、誰かが台車を押す音がする。
『……分かった。
ここは私が判断を出す。
あなたは、手を動かして。』
「はい。」
ハルの声が入る。
『ユウト、D-2の前にいる。
鍵を待ってる。』
「今、そっちへ向かいます。」
ナギが言った。
「会場側のV-3Bは止めた。
あとは、D-2を開けて、流れを戻すだけ。」
「ただし」
ユウトは、スマホを見た。
『V-3A:制御応答なし』
中央噴霧は、まだ沈黙したまま。
いつ全開へ戻るか分からない。
「……まだ終わってない。」
ユウトとナギは、軽バンへ走った。
残り、3分32秒。
D-2の解除キーを握ったユウトの画面に、最後の警告が出る。
『緊急保守モード有効時間:03:30』
『時間内にD-2を解除しない場合、
管理者ID 00の権限は再びロックされます』
夜の道路の先に、配送待機所の光が見えた。
そこではハルが、搬入口の上を見上げて待っている。
そして、そのさらに奥。
誰もいないはずの会場方向から、かすかに。
シューッ……。
ミストが、もう一度動き始める音がした。
第54話では、会場噴霧V-3の遠隔起動に対して、ユウトが“全停止”ではなく“周辺噴霧だけを低出力化する”選択をしました。
今回のポイントは、以下です。
ユウトは旧待合所の保守端末から、V-3の中央噴霧と周辺噴霧が別系統であることを確認した
V-3B(周辺噴霧)を停止し、V-3A(中央噴霧)を低出力で維持することで、待機所の余剰冷却容量を4%から7%へ戻した
スピーカー越しの人物は、自らを共同冷却ラインを作った人物だと名乗った
管理者ID 00の緊急保守モードが一時開放され、D-2解除後に冷却出力を再配分できる可能性が生まれた
ただし、中央噴霧V-3Aは制御に応答せず、再び動き始めている気配がある
緊急保守モードの残り時間は3分30秒。ユウトは解除キーを持って待機所へ戻る
ユウトは今回、CCを稼ぐための近道ではなく、全体を壊さずに負荷を落とす選択をしました。
その判断によって、待機所側の余剰容量は回復し、D-2を解除するための最低限の余地ができています。
次回は、緊急保守モードの残り時間内にD-2を解除し、待機所・仮置きスペース・会場噴霧への冷却配分を決める最終局面です。
しかし会場中央のV-3Aは、誰かの遠隔制御によって再び動き始めています。ユウトたちがD-2を開ける前に、共同冷却ラインはもう一度限界へ近づくかもしれません。
原案・構想:マスター
物語構成・本文作成:リアル(Perplexity)




