第43話 見えぬ盾
「讓治様!」
山道の下から、複数の黒服が、慌てた様子で駆け上がってきた。異変を察知し、駆けつけてきたのだろう。
「くそ、まずいな」
岩陰に潜んでいた悠人が、舌打ちした。
黒服の一人が、崩れ落ちた讓治の姿に気づき、殺気立った様子で辺りを見回す。呪術タイプの一人が、素早く印を切り、周囲に鋭い探知の気配を放った。
「そこに、誰かいるな」
その声に、巡が、びくりと身を強張らせた。
「気づかれた……!」
悠人は、咄嗟に、巡を庇うように前へ出た。
「――大丈夫。俺が、なんとかする」
自分でも、何を根拠にそう言ったのか分からなかった。ただ、目の前の小さな体を、絶対に傷つけさせたくないという、それだけの想いがあった。
黒服の一人が、鋭い斬撃を放つ。悠人は、咄嗟に巡を抱きかかえ、身を捩った。
――だが、何も起こらなかった。
刃は、まるで最初から誰もいなかったかのように、空を切った。
「な……消えた?」
黒服たちが、困惑した様子で、辺りを見回す。悠人と巡は、確かにそこにいた。だが、誰の目にも、その姿は映っていなかった。
『……うぬ、まさか』
スマートフォンの向こうから、白澤の驚愕した声が響いた。
『今の、うぬがやったのか』
「わ、分からない……! でも、確かに、俺が、守ろうとして……!」
悠人自身、混乱していた。だが、体の奥から、確かな実感があった。これまで、ただの体質だと思っていたものが、今、初めて、自分の意志で応えたのだと。
「儂と同じ、付喪神の類か……いや、それとも」
白澤の呟きに、悠人は、思わず問い返した。
「白澤、俺は……一体、何なんだ」
『それは、後でゆっくり話そう。今は――うぬの力のおかげで、儂らは、助かった』
その言葉に、悠人は、震える手を握りしめた。恐怖より先に、こみ上げてきたのは、確かな安堵と、そして――初めて感じる、自分自身への、小さな誇らしさだった。
「巡、大丈夫か」
「うん……ありがとう、悠人」
巡の言葉に、悠人は、ようやく、少し照れくさそうに笑った。
「……礼はいい。俺が、勝手にやったことだ」
見えぬ盾に守られ、黒服たちは、困惑したまま、その場から立ち去っていった。指揮官を失い、統率を失った彼らに、それ以上の追撃を続ける余力はなかった。
その頃、頂上付近では、玉藻が、静かに二人の息子に向き合っていた。
「陸、玲」
玲の中から、玉藻の意識が、静かに抜け出していく。淡い光と共に、その姿が、再び、あの少女の輪郭を取り戻した。
「もう、行かねばならぬ時じゃ」
その言葉に、陸と玲は、思わず一歩、前に出た。
「待ってくれ」
「もう少しだけ……」
玉藻は、優しく、しかし、静かに首を振った。
(第44話へ続く)




