第42話 母、来たる
「玉藻……」
讓治が、掠れた声で、その名を呼んだ。
「随分と、変わり果てたのう、讓治」
玉藻の声は、あの動画で聞いた通りの、軽やかな口調でありながら、今は、どこか深い哀しみを湛えていた。
「お前は……本当に、生きていたのか」
「生きておったとも。ただ、お前が思うような形では、なかっただけじゃ」
玉藻は、静かに、陸と玲へと視線を移した。
「陸。玲。……随分と、大きくなったの」
その一言に、二人は、言葉を失った。目の前にいるのは、見知らぬ少女の姿。だが、その瞳の奥には、確かに、二人の母がいた。
「母、さん……」
陸の声が、震えた。
「すまなんだ。ずっと、傍にいてやれなくて」
玉藻は、優しく微笑んだ。
「じゃが、今日は、少しだけ、母親らしいことをさせてもらうとしよう」
そう言うと、玉藻は、静かに玲へと歩み寄った。
「玲。少しだけ、力を貸してくれるか」
「……はい」
玲が頷いた瞬間、玉藻の姿が、淡い光と共に、玲の中へと溶け込んでいった。
玲の瞳が、これまでとは違う、深い輝きを帯びる。それは、玲自身でありながら、同時に、玉藻の意志も宿した、二つの存在が重なり合う姿だった。
「讓治」
玲の口から紡がれる声は、玲自身のものでありながら、微かに、玉藻の声色も帯びていた。
「お前は、ずっと、妾を求め続けてきた。……じゃが、お前が求めていたのは、本当に、妾だったのか?」
「な……に……」
「お前が欲しかったのは、妾という"人"ではなく、力そのものじゃったんじゃないか」
その言葉に、讓治は、崩れ落ちるように、膝をついた。
「違う……私は……」
「違わぬよ」
玲(玉藻)の声が、静かに、しかし容赦なく続けた。
「お前の中には、千年前から、ずっと"渇き"があった。それは、妾のせいではない。お前自身が、抱え続けてきたものじゃ」
讓治は、何も言い返せなかった。ただ、震える手で、地面を掴んでいた。
「もう、終わりにしようぞ」
その一言と共に、玲(玉藻)は、静かに手をかざした。
讓治の体を纏っていた、あの禍々しい紫の光が、音もなく、消えていく。まるで、憑いていた何かが、静かに剥がれ落ちるかのように。
「あ……あぁ……」
讓治の体から、力が抜けていく。膨れ上がっていた歪な輪郭が、萎むように消え、その下から現れたのは――老人のように痩せ細り、生気を失った、一人の男の姿だった。
「付き物が、落ちたようじゃのう」
玉藻の声が、静かに、山中に響いた。
その言葉には、勝利の響きも、憎しみもなかった。ただ、長い時を経て、ようやく一つの因縁に区切りがついたことへの、静かな安堵だけが、そこにあった。
(第43話へ続く)




